第九話

 余り大きな声では言えませんが、私が仕事着として着用する服(ジャケットとズボン)は、元町商店街のトアル紳士服店で購入します。「これからの季節に着るジャケットが」「三木さん、ハイコレ」。

「買う」とは何か、何を「買う」のか
 「買い手」が「売り物」を「買う」のは「売り手」からです。ナケナシノの大枚をはたいて「買う」のですからド真剣です。「売り物」の値打ちが支払う金額に見合うのかどうか、アアデモナイ、コオデモナイ、と思案に思案を重ねて「買う」のです。ところが如何せん、「買い手」は「売り物」の良し悪しを判断する能力においては、結局のところ、素人(アマチュア)です。勿論、「買い手」の極めて個人的な趣味嗜好はあるでしょうが。私の場合、「売り物」を「買う」ときは、「売り手」が信用できるか否かによって決めます。「売り物」の値打ちが有るか無いかの判断を、「売り手」に委ねるのです。本来「売り手」は「売り物」の良し悪しを判断する玄人(プロフェショナル)だからです。
 であるなら、「売り物」が「売れる」ためには、「売り手」が「買い手」に信用して貰わなければなりません。「売り手」の、「売り物」の良し悪しを判断する能力、「売り物」の正しい情報を提供する実直さが、「買い手」に評価されなければならないのです。「信用」こそ、商売の何よりの元手です。では、「信用」は如何にして得られるのか。「信」という字をよく見ると、「人」と「言」とで出来ている。「人」の「言」が「信」なのです。つまり「人間」の「言葉」が「信用」の基(もとい)なのです。平たく言うと、嘘をついてはならない。正直であってこそ信用して貰えるのです。ところが「正直者が馬鹿を見る」のが世の常でもある。それでも私は、「売り物」を「買う」時は「売り手」を「買う」。「売り手」の誠実な商売人気質を「買う」のです。