み さ や ま 紬
 「私のきもの」第一号になった「みさやま紬」を家内は事有るごとに楽しんで着ていました。あまりに度々着るので八掛の裾が擦り切れてしまい、洗い張りをして仕立て直しをするとさらに着心地が良くなりました。平成六年の六月、「加納」さんの会場に行くと担当の方が「みさやま紬の横山俊一郎さんが会場に来られてるのですが、丸太やさんとはきっとお話が弾むと思いますのでご紹介しましょうか」とおっしゃってくださいました。初めてお会いした横山俊一郎さんは訥々と語られる言葉のはしばしに「ものづくり」への誠実さ、大地にしっかりと根を張った人のゆるぎなさが感じられました。草木染めの材料にする木や実を裏山に採取に行く、というお話に「いつかおうかがいしたいです」と申し上げると「是非お越しください」とおっしゃってくださいました。
 その翌年、神戸を地震が襲いました。少し落ち着きをとりもどした三月、「美しいキモノ、1995春号」を読んでいると作家の立松和平さんの連載「染めと織りと祈り」で「みさやま紬」が紹介されていました。その記事がとてもまぶしくて思わず横山俊一郎さんにお電話をかけてしまいました。横山さんは「皆さんご無事でしたか。お店やご自宅の被害はどうでした。」と心配してくださいましたが、比較的被害が少なかったことや営業を再開して商売に励んでいることをお伝えすると「いや、こっちのほうが元気をいただいてしまいました。お互いがんばりましょう」。あの震災の状況下で弊店のことを気にかけてくださっていたことがとてもありがたくて、いつかきっと信州松本の横山さんの工房をお尋ねしようと心に決めました。
 翌年の八月、初めて訪れた横山俊一郎さんの工房は松本市内の北東、三才山(みさやま)の山間にあり、その奥には美ヶ原が広がります。横山俊一郎さん、お父様の英一さん、お母様の和子さん、奥様のみゆきさん、とご家族みんなで出迎えてくださいました。青年時代、声楽家を志したというお父様は朗々としたお声で思い出話を聞かせてくださいました。戦後、農業の傍ら織物づくりに取り組み、当時盛んだった民芸運動の指導者柳悦孝氏の指導を受けながら改良を加えてきたこと、など年令を感じさせない熱っぽい語り口に時を忘れて聞き入りました。お母様は私の娘と息子に「こっちにいらっしゃい」と連れ出してくださって、しばらくしてもどってくると籠いっぱいにきゅうりや茄子、とうもろこし、それを次から次に出してくださったのですが、その美味しいこと。何よりのご馳走を頂いたあと俊一郎さんに案内していただいて染場、機場、を見せていただきました。どういうところに心を砕いてものづくりに取り組んでいるかを聞かせていただいたのですが「みさやま紬」の柔らかで深い色合い、着れば着るほど着心地が良くなる風合いは気の遠くなるような細やかな手仕事の積み重ねから生まれることに強く心を打たれました。横山俊一郎さんが「みさやま紬」にこめた思いを是非お客様にお伝えしなければ、と九月に弊店で開催した「美は山峡にあり」にはたくさんのご来場をいただきました。
 三年後、再び三才山に横山さんを訪ねました。三年の間に少しずつ「みさやま紬」が変わったように感じたからです。ご両親は健在で少し耳の遠くなられたお父様が「サイトウキネンオーケストラの公開練習が聞けるのが楽しみで」と音楽談義に花が咲きました。俊一郎さんは「みさやま紬はマイナーチェンジ、というか少しずつ良くなっていると思います。ただ、だんだん機織の道具が入手しづらくなって、出来るだけ買い置きしているのですが」。その後店内で「三年後の再訪」を開催しました。
 この夏、みたび三才山を訪ねました。残念なことにお母様は昨年、お父様は今年の冬にお亡くなりになられています。「正直、大変でしたね。母は機織の技術としてはスゴイものを持っていましたから。でも両親が生きている間に、染についても、織についても、すべて教えてもらっていましたから。これを今度は私がどう伝えていくか、ということです。弟子をとって教えているのですが、教えるのは難しいですね。でもそれはとっても大切なことなんで、どんなに難しくてもやっていかなくっちゃ、とがんばっています」。話を聞かせていただいている間、奥様がきゅうりのつけものや果物や、次から次に出してくださって、初めてうかがったときのお母様を思い出しました。「お蔭様で注文に生産が追いつかないんです。なんせ一反織り上げるのに時間がかかりますから。でも結構なことだと感謝しています。昔に比べると長野県内で織物づくりをされておられる方は随分少なくなりましたけど、残ってがんばっている人はみんな希望をもっています」。そうだ、かつて「教えるとは希望を語ること」と歌った詩人がいました。横山俊一郎さんは「みさやま紬」の「染」と「織」を伝えるためにきっと「希望」を語っているのだろう。ささやかではあるけれどそのお手伝いをさせていただければ、と念じています。