挽 粉 染
 2001年春、「見せていただいていいですか」と店内に入ってこられた男の方は長田けい子さんが染めてくださった帯に熱心に目を留められて「力のある染ですね」とひとこと、奥に展示していた訪問着を食い入るように見たあと「横山先生の作品ですか、さすがですね」とおっしゃいました。「私も染をやっていますので。またゆっくり寄せていただきます」と「白河英治」と書かれた名刺を置いていかれました。「お店の前を通ったとき引かれるものがあったのです。思わず中に入ってしまって」と後に話してくださいました。長田けい子さんや横山喜八郎さんの作品がもつ力が引力となって白河さんを弊店に引きこんでくださったのでしょう。それから折にふれ立ち寄ってくださるようになったのですが、「9月に京都で個展をひらきます」、とご案内くださいました。三条木屋町のギャラリーで初めて白河さんの作品を見せていただきましたが、宇宙を予感させる奥行きが印象的でした。「父が染職人で私も小さい時から染の手伝いをしていました。染の技法は全部習得しました。でも、ある時期からそれでは満足出来なくなって。 作品創りを始めて色々な展覧会に出品するようになったのです。最近、逆に無性にきものを作りたくなって。きものは女性をより美しくするものでしょう。」
 数日後、「個展に来ていただいて」とお礼にお越しくださった折、「弊店で個展を開いていただけませんか、白河さんの染められるきものを是非見せていただきたいのです」とお願いすると、「来年の5月頃でしたら作品を用意できます」とおっしゃってくださいました。2002年3月、白河さんの作品が日展に出展されているのを京都市立美術館に見に行きましたがより広大な宇宙を感じる作品でまさに力にあふれていました。4月、初めて京都太秦の工房をおたずねしました。既にいくつものきものや帯が染め上がっていてどれもいまだ見たことのない染でした。「挽粉染(ひっこぞめ)という技法です。天目染ともいわれるのですが。天目茶碗に似ているでしょう。おがくずを使って染めるのですが、この染が出来るのは私ぐらいです。実際にお見せしましょうか」と京都の西南、吉祥院にある工場に案内していただきました。「門外不出で外部の人にはまだ誰も見せたことはないのです」と用意してあった生地に刷毛で色染めをし、すぐにおがくずを生地の上にいっぱいふりかけていきました。 それからガスバーナーで生地を下から熱し、しばらくしておがくずをはらい落とすと生地の表面に得もいえぬまだら模様が浮かび上がっていました。「この作業は大変な集中力が必要で終わるまでひとことも口がきけないのです。」
 5月に開催した個展には弊店のお客様、白河さんの染織教室の生徒さん達がたくさん来場してくださいました。お一人お一人に作品の技法について構想について丁寧に説明をされる白河さんの言葉のはしばしに人柄の誠実さ、染色技術への自負、より良い作品つくりへの熱意がにじみでていました。「来年も是非個展を開いてください」とお願いをしました。この5月1日、ふたたび太秦の工房をおたずねしたのですが見せていただいた新作のきものや帯は心なしか弊店のお客様のお好みに寄り添うような柔らか味がより増しているように思えました。「神戸は美しい街ですね。私は神戸が大好きなのです」とおっしゃってくださる白河さんは昨年は新緑の六甲の山並みの裾に広がる神戸の街を訪問着に描いてくださいましたが今年は六甲の山頂から眼下に広がる神戸の夜景を絵にしてくだいました。「私はひとつの作品を作り始めると並行して別の作品を作ることが出来ないのです。ひとつ仕上げて、次の作品はどういうものにしよう、と構想を練るのが楽しいのです。桂川の河川敷を散歩しながら考えるのです。良い所ですよ、このあたりは。」
 個展の開催期間中、白河さんが会場にお越しくださって親しくお話を聞かせてくださいます。是非ご来場ください。