赤 札
 呉服屋になったばっかりで商品の伊呂波も分からない頃、分からないなりに綺麗な着物やな、とか面白い帯やな、とかお気に入りの品物がありました。分からないなりに目に留めていた商品がお客様のお気に召してお買い上げいただけるとなにか自分が品物の良し悪しを見分ける眼があるように思えてこっそり喜んだりしたものです。ところがとても好きな色柄なのになぜかお求めいただけない商品もあります。どうしてなんだろう、と考えても分からない。その年の秋、私にとって初めての赤札大売出しの前日、店のシャッターを閉めて準備が始まりました。母が朱枠の紙に筆で「特別奉仕品」とか書いてその紙を壁にはったり陳列ケースに紅白の幕をまいたり当時七人いた社員が手分けして用意をしていました。叔父が陳列ケースから商品を選び出し商品台帳を見ながら赤札に値段を入れていきました。そのなかに私のお気に入りの着物や帯もいくつかあったのですが白札(正札―定価)の値段に対して赤札の値段は何割も安い。その赤札の値段を見たときとても不憫な気持ちになりました。お客様のお目に留まって喜んで白札でお求めいただける品物がたくさんあるなかで、なにも格別色柄が悪いわけではない、むしろ私自身はとても気に入っていたのにそれまでにお客様との良いご縁がなかったばっかりにこんな風に値段を下げられて売りに出される、ふと「身売り」という言葉が思い浮かんで品物が可愛そうな気持ちになりました。でもその商品がお安くなってお値打ちになったことでお客様が大喜びしてお買い求めいただけると本当に良かった、と思いました。それもまた大切なご縁なのでしょう。