きもの四方山話

第七話  きものの測り方

 私たち日本人にとって、着物の寸法自体、疑問、難問でしょう。学校では、長さの単位は、ミリ、センチ、メートル、キロメートルしか教えてもらわなかったのですから。現在の日本では、長さの単位は、メートル法に基づいています。まさにメートル法という法律に基づいているのです。しかし、着物の寸法の単位は、今なお、尺、寸、です。かつて、尺、寸、の使用は法律で禁じられていました。そんな時代、着物の寸法も、ミリ、センチ、メートル、で測ることもありました。しかし、実際の和裁では定着しませんでした。なぜでしょう。
 メートル法は、1791年、フランスで制定された長さの単位です。算出の根拠は、北極点から赤道までの経線(南北線)の距離の1000万分の1を、1メートルと設定しました。文字通り、地球的単位です。一方、日本古来の尺寸は、どのような基準で算出されたのでしょう。基本単位である一尺は、一幅(ひとはば)とも呼ばれます。両手を前に突き出して、指先の間を測ると、ほぼ一尺になります。一尺、すなわち一幅、とは文字通り、人幅(ひとはば)なのです。一尺の十分の一が一寸、一寸の十分の一が一分。人幅を基準にした尺寸は、まさに人間的単位なのです。
 着物の寸法、とは、着る人間の寸法です。地球的単位のメートル、センチ、ミリ、より、人間的単位である尺、寸、分、がより適切であるのは、理の当然です。ところが、戦後、日本という国は、国策として、日本の伝統を否定、乃至、軽視してきました。長さの単位も頑強にメートル法の使用が義務付けられ、尺寸の使用は法律で禁止されました。呉服屋にとって不可欠な「尺ざし」も販売禁止だったのです。それを承知で、ヤミで「尺ざし」を購入し、不正使用していたのです。
 そのような状況下、和裁も、メートル法の使用が推進された時期もありました。しかし、以上述べた理由で定着しませんでした。一尺は約37センチ8ミリ、一寸は約3センチ8ミリ、一分は約4ミリ、です。着物の縫製は平面裁断ですので、洋服のように、体型にキッチリ合わせて仕立てをするわけではありません。立体裁断の洋服の場合、ミリ単位の細かさで採寸することが必要でしょうが、着物の場合、最低単位が、分であることは必要にして十分なのです。
 着物地である反物の幅が、ほぼ一尺です。その理由は、手織りの織機で反物を織っていた時代、両手を差し出した幅、一幅、すなわち人幅が、一番無理なく織れる生地幅だからです。ですから、織機は、人幅に合わせて作られていました。両手を無理なく広げると、ほぼ二尺になります。熟達した仕立て職人であれば、「尺ざし」で当たらなくても、両手の間隔、つまり感覚で、おおよその寸法を推し量れます。そのことが仕事の効率を上げることに寄与するのです。
 私が呉服屋になった36年前、尺寸の使用は法律で禁じられていました。しかし、仕立屋さんは皆さん、尺寸で仕立てをされていました。「尺ざし」を用いて。母は、初めてお買い求めいただいたお客様の着物を仕立てるための寸法を、「お客様でしたら、身丈は四尺一寸ですね。身幅は、前が六寸三分、後ろは八寸。裄は一尺七寸五分。袖丈は一尺四寸にしときましょう」、とお客様の体型を見ただけで、採寸もしないで決めていました。それで、ピッタリのサイズに仕立てあがる。私は、まるで魔法のようだ、と感心していました。しかし、今、思い返すと、尺寸だから出来た話で、もし、メートル、センチ、ミリだと、そうは出来ない。なぜなら、尺寸は人間の身体から生まれた具体的な寸法で、メートルは地球の大きさから計りだした抽象的な数字だからです。今、日本の社会で、尺寸は復活しました。便宜的に認められたのです。尺寸を復活するために、先頭に立って尽力をつくされた、永六輔さんのご努力のお蔭です。