呉服屋になって二十八年、想い出に残るシーンと言うのがいくつかあります。ふと気づくと、その中のいくつもの、私の着ているものが、みさやま紬でした。
 ひとつは、「丸太やオリジナルコレクション・コンサート」の発表のとき、出来たばかりのバイオリンの染帯を結ぶのに迷わず選んだのが、たまねぎで染めた黄色のベースに、藍染の緑がかった横段ぼかしが入ったみさやま紬です。この紬は、私が生まれて初めて、自分で「これが欲しい!」と選んで求めて、さらに、自分で裁ち合わせをしたものです。震災後、呉服屋の勉強会で、志村ふくみさんの講演を聞く機会があって、代表でお礼の花束をお渡ししてごあいさつ申し上げた折も、その取り合わせでした。でも、何かのときに、大切に着ていたのでは全くなくて、日常に度々着ていたので、たちまち八掛が擦り切れてしまい、二シーズンで洗い張りをしなくてはならないほどでした。ところが、ふたたび仕立てられたそのみさやま紬を着たときに、その着心地の良さが一層増していて、それは、ちょっとした感動でした。「ああ、なるほど。これが横山さんが大事にされている、用の美学なんだ。」使い続けることでより一層持ち味が出る。
 もう一枚のみさやま紬があります。山桜や栗で染められた淡い色合の縞です。七年ほど前、きもの季刊誌の「きものサロン」で呉服屋の女将さん特集があって取材を受けることになり、丁度そのときに、「店で販売するように」と言いつつ、私が欲しくて仕入れをしていたものを、せっかくだから、と、許可が下りて仕立てていただきました。結婚式以来初のプロに撮っていただいた私の写真です。「さすがプロだね」と感心しきりですが、気に入っています。実に良くみさやま紬の風合いが出ていて、さりげないけれど、しっかり存在感のあるきものとして、他の女将さんたちと並んだ写真に、内心密かに「負けていないな(笑)」と思いました。
 横山俊一郎さんは、ちょっぴりこわいです。調子の良いお世辞なんか言おうものならいっぺんで馬鹿にされてしまいそう。でも、私がこうしてみさやま紬を気に入って八掛がすり切れるほど着せていただいている、とお話したら、「うちの紬は長持ちするからねぇ。ある方からは、みさやま紬は洗い張りして綿入れにしても真綿の毛先が出てこないと、褒めてもらった。でも、そんなに長く着ないで新しいのも買って下さいよ。」と冗談ぽく、でも、とても喜んでくださいました。
 横山さんの機場には、六台の機があります。以前は、ご両親も一緒に織っておられましたが、今はご夫婦お二人で創っておられます。染料になる草木を採り、染液をつくり、糸を練って、染めて、デザインから織り上げるまで、さらにその元となる山の手入れに至るまで、ご夫婦でされています。一反、一反・・・・誰かが楽しんで着てくださる事を思いながら、気の遠くなるような作業の積み重ねで織り上げられます。今回弊店にお預かりするのも、十五、六反です。決して多くはないですが、じっくりご覧いただければ、と思います。あなたの「一枚」に出会えるかもしれません。
 お待ちいたしております。
三木 成美