昨年、伊勢型小紋染の大野信幸さんの工房を見学させていただきました。丸太やに入社することが正式に決まって初めての工房見学でした。大野さんの工房は細長い板場で、そこに生地を張って型紙で糊を置くところを実演してくださいました。糊は時間が経つほど乾いてしまうので、慎重に作業しながらも手際よく進めなければいけません。大野さんの作業姿は本当に無駄がなく、高度な技術だということを感じさせないくらい自然な動きでした。
 その後大野さんに染料を生地に定着させる「蒸し」という工程の作業場に案内していただきました。そこでも職人の方が手際よく生地を染め、蒸し器に入れる作業をされていました。京都では一つのきものを作るために、様々な工程にそれぞれ高度な技術をもつ専門の職人達が係わっているのです。
 そして今回、大野さんの案内で、小紋染の制作工程のさらに源流である、伊勢型紙の制作現場を訪ねて、伊勢の白子へ赴きました。青い空、風に感じる海の気配、どこか懐かしい夏の景色がそこにありました。
 案内していただいたのは伊勢型紙資料館。到着すると、型彫り職人の方が案内してくださいました。伊勢型紙の起源ははっきりとわからないそうですが、室町時代にはすでに使用されていました。そして江戸時代に紀州徳川家の庇護のもと飛躍的に発展しました。資料館には江戸時代に使われていた型紙も展示されていて、二百年以上も前のものとは思えないほど繊細で美しいものでした。
 資料館には昔の型紙と共に、現在制作されている作品も多く展示されていました。きもの需要の減少で伊勢型紙の注文も減り、型紙を彫れる方も少なくなったそうですが、現在は伊勢型紙技術保存会が若手の育成にも力をいれているそうです。資料館には熟練の職人さんの作品とともに、若い方の作品も展示されていました。
 型彫から糊置き、そして蒸し…一つのきものを産むそれぞれの工程に、誇りをもってプロフェッショナルな仕事に取り組まれている方たちがいます。日本が世界に誇るきもの文化は、きものに係わる一人ひとりの弛まぬ努力によって裏打ちされているのです。
三木 弦