第三章  星に願いを

 バイオリンの着物や帯を、と願い、探し始めましたが見つかりません。3年ほどの間、呉服の新作展の会場を見て回って探し続けたのですが、まったくありませんでした。私達がバイオリン柄の着物や帯を探していることを知った古代染織研究家の名和野要さんが「大阪の呉服屋さんがお客様から、第九のコンサートを聞きに行くのに音符の帯を、という注文を受けて、ト音記号を綴で帯にされました」と教えてくださいました。そうか、無いのなら、作ればいいのだ。しかし、では誰に創っていただくのか。かつてないバイオリンの着物や帯。着物、という和の文化と、バイオリン、という洋の文化を、和洋折衷ではなく、より高い次元で融合させる創造力を誰がお持ちだろうか。
 平成5年1月、染色家の横山喜八郎さんの工房をお訪ねしました。翌2月に弊店で個展を開催していただくことになり、その作品や制作工程を見せていただくためにお伺いしたのです。日展に出品するために制作中の作品とか、現代工芸美術展で大賞を受けられた屏風、また訪問着などを拝見いたしました。芸術や創作について、興味の尽きないお話を聞かせていただき、満ち足りた気持ちで工房を後にしました。帰路、地下鉄の北山駅の階段を降りる途中、家内に「横山先生だったらバイオリンを着物や帯にしていただける、と直感したのだけれど」と言うと「私もそう思った」。弊店で開催した個展の会期中、会場にお越しくださった横山喜八郎さんに、私達夫婦が音楽が大好きであること、家内がバイオリン柄の着物や帯が欲しくて探し続けていること、しかし、いまだ見つからないこと、横山喜八郎さんにお創りいただけないか、ということをお話いたしました。横山喜八郎さんは「面白いテーマですね」と一言、お応えくださいました。
 それから5ヶ月たった7月、横山喜八郎さんから荷物が届きました。なんだろう、と開封すると染帯が2本、入っています。もしかして、とはやる気持ちを抑えながら、おそるおそる帯を広げました。現れたのは得も言えぬバイオリンでした。DREAMS COME TRUE。夢がかなったのです。
京都市北区上賀茂 横山喜八郎アトリエ