きもの 上田紬
小山憲市
帯 西陣織
山口和市郎
『西陣(にしじん)』
「西陣」の名の由来は応仁の乱の時、西軍の総大将山名宗全が陣を築いたことによります。
この地は五〜六世紀頃に帰化人秦氏が絹物を織りはじめて以来機業地として栄えましたが応仁の乱で焼け野原となった後に絹織物の産地として再興され現在に至っています。
行政区域として「西陣」という地名があるわけではなく、京都市街北西部、南は丸太町通り、北は北山通り、東は烏丸通り、西は西大路通りに囲まれたあたりに西陣織にたずさわる業者が多いため通称「西陣」と呼ばれています。