秋の気配が日に日に深まり、いよいよ晩秋といった様相です。草木も少しずつ秋の色に染まってきました。日本は四季折々の美しさがあって、一期一会の風情を味わうことができますね。日本刺繍作家・森康次さんの工房がある上賀茂も、今は秋の色に彩られていることでしょう。自然の美しさは、創作の大きな糧になるものです。 刺繍は針と糸で模様を表現する技法です。歴史はとても古く、布に模様を施す技法としては最初期から用いられたものの一つです。刺繍の技法は世界中にありますが、日本刺繍の特徴は繊細優美な文様表現にあります。今回の森康次さんの作品展では、精緻な技術で表現される繊細な刺繍作品の魅力をぜひご覧いただきたいと思います。 作品展開催に先立ち、森康次さんの工房を見学させていただきました。現場を知らなければ、本当の魅力をお伝えすることはできません。森康次さんの作品がどのようにして作られているのか、その工程を拝見させていただきました。 森康次さんの工房は上賀茂神社の近く、静かな住宅街の中にあります。工房の中は整然としていて、森康次さんの刺繍台と、お弟子さんの佐藤未知さんが使う刺繍台が置いてあるのが目に留まります。「刺繍をするのにたくさんの道具は必要ありません。昔は針だけを手に刺繍の仕事で各地を渡り歩く職人もいたくらいです」と森康次さん。無駄のないすっきりとした工房に、森康次さんの洗練された作品が生まれる背景を見る思いがしました。 今回、半衿で刺繍の仕事の流れを教えていただきました。刺繍はデザインを考え、生地に模様の下絵をするところから始まります。模様のデザインが決まったら、転写紙を使って生地に下絵を付けます。森康次さんのデザインは草木や鳥など身近なモチーフから、光や風、幾何学文様など多岐にわたります。こだわりは「刺繍ならではの美しいカタチ」。布に絵を描くような染とは違い、刺繍糸を並べ、重ねていくことで模様を表現するのが刺繍です。生地に刺繍糸が重なることによる立体感や、刺繍糸の方向による陰影、糸の質感の微妙な変化など、様々な表現要素を考えながらデザインを仕上げていきます。 いくつかの準備を経て、ようやく布に刺繍を施すわけですが、布のどこにでも針を通せばいいのではありません。布は平面に見えるようでも、布目というものがあります。この布目を読み、正確に針を通すことが、繊細な文様表現には不可欠なのです。布目を読むことにより、模様は生地にたいして整った形を保つことができます。森さんの作品の、均整の取れた美しさは、この繊細な刺繍の技から生まれます。機械刺繍では不可能な、人の手の感覚のなせる業です。 森さんは、かつて一度仕事を辞めることも考えたそうです。そんな森さんの転機となったのが、現在弟子として修業中の佐藤未知さんとの出会い。自分の代で終わるかもしれないと思っていたものが、新たな担い手によって未来へ繋がってゆく。そのために、今できることをこつこつと積み重ねていく。この度の作品展でも、未来へ繋がる新しい挑戦を感じていただけることと思います。十一月十八日(土)、十九日(日)、二十三日(木・祝)は森さんが弊店にお越しくださいます。ぜひご高覧ください。 |