昨年十二月十日、長野県上田市の小山憲市さんの工房を訪ねました。上田駅に降り立つと、神戸よりも空気が冷たく澄んでいるように感じました。空が高く、静かな街。四方を山に囲まれた上田市は、海の街神戸とは違った穏やかな時間が流れているように感じました。 駅から車で一〇分ほどの工房へお伺いすると、小山さんが笑顔でお迎えくださいました。初めてものづくりの現場に伺う私は、職人気質の厳しい方が待っているのかもしれないと緊張していたのですが、初めてお会いした小山さんはとても明るく優しい方で、私たちを温かく迎ええくださいました。 十二月に丸太やに入社したばかりで、着物について一から勉強中の私。そんな私に小山さんは、上田紬とはどういうものなのか、自分の織物はどのように生まれるのかを丁寧に教えてくださいました。 蚕の繭からは長い一本の糸がとれ、それを何本か縒り合わせたものが一本の生糸になります。この糸で織りあげたものは滑らかで艶のある生地になり、縮緬など染物用の生地になったり、御召になったりします。それに対して、繭を綿状にして紡いだ糸や、二匹の蚕で作られた節のある糸を使って織られたものを『紬』といいます。紬は全国各地に産地があり、それぞれ独自のものづくりをしています。上田紬は製造工程を分業にせず、ひとつの機屋が一貫して作っているところが多く、上田紬というくくりの中でも機屋ごとに個性のある織物が作られています。小山さんも、糸の精練から染色、機織りまですべての工程をご自身の工房でされています。他の誰にも作ることのできない『小山憲市』の紬がこの工房で生まれています。 布になる前の糸を見たことのない私に、小山さんはたくさんの種類の糸を見せてくださいました。細く艶やかな糸、真綿のままのように柔らかくフワっとした糸、張りのある硬めの糸、自然の蚕が作った繭…一つひとつ個性の違うたくさんの糸たち。小山さんはこれらの糸を自在に組み合わせて独自の布を作ります。染色に使う材料も多様です。自然の味わいやぬくもりのある色を出したいときは、栗や胡桃、柳の葉など自然の植物から得られる草木染の色。自由に色を作りたいときは化学染料。求める色によって異なる素材を使い分けます。 「糸にはいろんな特性の違いがあります。色も草木でしか出せない味わい、化学染料だからできる自由な色だし、それぞれに良さがあります。どんな着物を作りたいか、どんな方にお召しいただきたいか、最終的なイメージによって使い分けています。」と、小山さんはおっしゃっておられました。 工房の二階には手機の織機があります。小山さんは作りたい織物の特性に合わせて動力織機と手機織機を使い分けています。「少し織ってみますか?」と言っていただいたので、初めて機織りの体験をさせていただきました。木造りの機に腰かけていざ挑戦!シンプルな動作ですが、なかなかスムーズに織れません。私の横では小山さんのお母様がもう一台の機で手際よく織られていました。「母はずっと機織りを続けてきたので、母にしか織れない風合いがあるんです。」と小山さん。熟練への道のりは果てしなく遠いと感じました。 ぜひ、皆様にもこの着物のぬくもりを感じていただきたいと思います。小山憲市さんは一月十一日、十二日の両日、上田から弊店にお越しくださいます。皆様のご来店を心よりお待ちしております。 三木 麻衣子 |