呉服屋の贔屓目ではなく、今ほど着物を楽しんでお召しくださる時代はありません。街行く人の中に素敵な着物姿の女性、男性をお見かけすることが多くなりました。しかし他方、かつてお道具としてお買い求めいただいた着物は、今ほとんどお求めいただけなくなりました。お嫁入り道具に代表される着物は箪笥の肥やしになりがちでした。着ない着物は買わない。当たり前と言えば当たり前です。弊店を含めて呉服屋の商売はお道具を買っていただいて成り立っていました。残念ながらお道具としての着物をお求めいただけなくなると商売大変です。私が呉服屋になって三十八年、商売の様変わりは甚だしいのです。
 お道具の中でも最高級の帯地であった抓掻本綴の織元である服部秀司さんも時代の激変を痛切に感じてこられました。呉服業界の誰よりもお客様の着物へのご要望の変化を感じ取られたのです。確かにお道具としての着物は必要とされなくなりました。しかし他方、着物を着て楽しむ方はどんどん増えていったのです。だったらお道具としてではない着て楽しむ着物を制作して販売すればよい。そのための商品開発と販路開拓にいち早く取り組まれたのです。
 服部秀司さんは「固くて、締めづらくて、色が盛沢山で、柄がダサくて、高いだけの帯」と思われていたお道具としての綴帯を「柔らかくて、締めやすくて、柄にセンスがあって、買い求め易い帯」に大変革されたのです。お洒落な帯づくりに取り組まれ、さらに販売が高価になる原因が流通にあると考えられて直接取引の出来る呉服店を全国津々浦々に探し求められたのです。志を同じくする呉服店を探し求めて文字通り何年もの歳月をかけて全国行脚をなさったのです。その過程で弊店にもお越しくださったのですが、一度目は私たち夫婦が不在で、二度目は定休日で、三度目の正直で、七年前の秋に初めてお会いすることが出来ました。
 弊店はそれまで綴帯を販売することが無くはありませんでした。しかし如何せん高価で数えられるほどしか販売したことがありませんでした。しかし服部秀司さんとのご縁を頂いて、かつて高嶺の花だった抓掻本綴が手頃な価格でお買い求めいただくことが出来るようになりました。さらに抓掻本綴の製作技法上の特質として一本一本制作可能なのでお客様のご要望で別誂えが可能になったのです。すでに可愛がっておられる文鳥とか書の文字で特注の綴帯を制作させていただきました。
 時代は変わります。しかし時代が変わっても変わらないものがあります。変わってはならないものを守り育てるために服部秀司さんは前人未到のご努力をなさいました。明日を拓くために。