昨年の夏、「家庭画報特選 きものサロン」編集部の、矢飼満実子さんから、お電話を頂戴しました。「京都に、森康次さんという、日本刺繍の作家さんがいらっしゃって、素敵な作品を創られるのですが、お人柄も、とても良い方なので、是非、『丸太や』さんで、個展をされては、と思うのですが」、というお話でした。「普通、日本刺繍というと、なんとなく、勿体ぶった感じがするのですが、森康次さんの作品は、洗練されて、垢抜けしていて、ご自身のホームページに、作品を掲載されておられますので、一度、ご覧になってください。もし、よろしければ、私のほうから、ご紹介させていただきますので」。
 早速、森康次さんのホームページを拝見いたしました。とても丁寧に制作された内容で、森康次さん、その方の、お人柄が、自ずとしのばれました。作品は、矢飼満美子さんのご指摘の通りで、日本刺繍、という技法に抱いている先入観を払拭する、爽やかで、清新な作風でした。直感的に、神戸、という街の雰囲気が、どこか、共通して感じられました。折り返し、矢飼満美子さんに電話をお掛けして、「おっしゃるとおり、素敵な作品ですね。弊店で個展を開催していただくのは、本当にありがたいのですが、折角、開催していただいても、良い結果を出せなくて、かえって、森康次さんの、ご迷惑をお掛けすることになるかと心配します」、とお伝えしました。すると、間もなく、森康次さん、ご本人からお電話を頂戴し、一度、弊店を訪ねたい、とおっしゃいますので、喜んで、お受けいたしました。
  森康次さんが、弊店にお越しになられたのは、電話でお話をさせていただいて、程なくのことでした。あらかじめ、森康次さんのホームページを拝見し、その作品や、日本工芸会の正会員であられる、というような経歴を見せていただき、スゴイ作家さんなのだ、と知って、初めてお会いする時は、恐る恐るで、緊張いたしました。しかし、直接、対面した森康次さんは、大変、気さくな方で、肩から、一気に力が抜けて、ホッとしました。
 作品を持参してくださって、見せていただいたのですが、勿論、ホームページ上の写真で見るとは、大きく違って、繊細極まりない、糸の表情が、とても素敵でした。「弊店で、個展を開催していただくことは、有難いお話ですが、結果を出す自信があるわけではありません、何せ、家族三人の小さな呉服屋ですから」、と私が申し上げると、「いえいえ、私の作品をご覧頂く機会が持てれば、それで充分です」、とおっしゃってくださって、少し、肩の荷が下りる気持ちがいたしました。
 その折、翌年の秋9月、本年9月、に個展を開催していただくことで、ご了解いただきましたが、今年に入って、急遽、9月に、「京都府文化博物館」で、「京絞り」の寺田豊さん、「柳条縮緬」の服部芳和さん、とご一緒に、「京の繭 陰影礼賛 三人展」、を開催されることになり、弊店での個展は、11月20日(金)より、11月29日(日)まで、開催させていただく運びとなりました。個展開催が、いよいよ間近になった、10月14日、京都市北区上賀茂に在る、森康次さんの工房を、お訪ねしました。京都南インターチェンジを出て、1号線を北へ、東寺を通りすぎて、堀川通に入り、北へ北へ、北山通に入って、鴨川を越えると、直ぐそこに、上賀茂神社があります。上賀茂神社の入り口前の五叉路を東北に向かい、目印に聞いていた「はんこ屋」を右に入ると、森康次さんが出迎えに立って、待ってくださっていました。
 二階が工房になっていて、窓際に刺繍台が置かれていました。刺繍台の前に座られた森康次さんは、先ず、刺繍糸の話をされました。「これが、日本刺繍に使う糸で、一本の糸が、蚕の吐く糸を80本、全く、より合わさないで出来ています。この糸を、こういう風に、半分にしたり、(糸の一方を口にくわえ、他方を半分に分けて)、さらに細かく分けたりして、使用します」。その糸を針に通して、刺繍台に張り渡された生地に刺繍をされました。「あらかじめ、カーボン紙のようなもので生地に写し取った図案に従って、刺繍していきます。刺繍の仕方は、幾通りかあって、どういう表情を出したいかによって、使い分けます」。
 私と家内、息子が、森康次さんの手際を、食い入るように見入っていると、人懐っこい表情で、「緊張しています」、と一言おっしゃいました。寺田豊さんから、「大変な名人です」、とお聞きしていたのですが、全然、エラソぶらないところが、本当の名人なのでしょう。今回、弊店での個展に出品してくださる作品を、順番に見せていただいたのですが、どの作品にも、共通した気品を感じました。ぼかし染めになった生地の、肩の辺りに桜の花が、そこから裾にかけて、花びらが散る様を描いた訪問着は見事で、「これは、まさに作品級ですね」、と感嘆すると、「日本工芸会に出品した作品をお見せしましょうか」、と広げて見せてくださった訪問着、振袖など、三点は、まさに圧巻!聞きしに優る、森康次さんの力量に、圧倒されました。