去る五月七日、石川県は山中温泉にある佐竹孝織業店・山中工場を訪ねました。雨模様のせいか、周囲の山々は霧がかかり、温泉街の湯気とも相まって幽玄な雰囲気の中、佐竹さん親子が出迎えてくださいました。
 私が佐竹さんと初めてお会いしたのは四月一日、京都で絞り染の寺田さんとの合同展示会の折でした。その展示会で作っておられる帯も拝見させていただきましたが、それが実に多種多様な帯でした。これほど異なった風合いの帯が一つの機屋から生まれているというのが不思議でした。いったいどういう風に作られているのか、ずっと気になっていました。
 工場のソバのソバ屋で昼食をいただいた後、佐竹さんは工場の中へ案内してくださいました。入り口はそれほど大きくない印象でしたが、中に入ると仰天、奥行きのある広い部屋に、何台もの織機が並んで、轟音を立てながら稼動していました。しかも織機がある大きな部屋がもう一部屋ありました。「織物によっては縦糸の数などが全然違うので、一つの機で織れる種類は限られます。この機の数だけ色んな帯がつくれます。」といいながら、佐竹さんは丁寧に説明してくださいました。機の横に吊られている孔の空いたダンボールが目に留まりました。「これが一つの帯のデザインです。」佐竹さんが教えてくださいました。この何重にも重なった紙から、生き生きとした模様が生まれるのです。金銀の糸を使った華やかな帯、小石丸という極細の糸で織った清らかな真白の帯。一つずつの織機から、それぞれ個性的な帯が生まれていました。
 佐竹さんは工場の二階にも案内してくださいました。そこにはなんと木製の手機織機がありました。一つの工場に、巨大な機械の織機と手織機が混在しているのです。その設備の多様さに驚きました。ここでは手機織の体験ができるそうで、私たちも少し織らせていだだきました。私は横糸を小さな櫛で波立たせて独特の風合いを出す織り方に挑戦しました。工場の方が手本を見せてくださり、見よう見まねでやってみましたがなかなか均一に織ることができません。一見単純な作業にも、長くその仕事に携わることで得られる経験の力が必要不可欠なのだなと実感しました。
 その他、この工場では染や、養蚕も一部行っています。工場を見学させていただいて分かりましたが、佐竹さんは本当に様々なことに挑戦しておられました。「一つ大きな花を咲かせても、それがずっと続かなければいつか枯れてしまいます。だから私は大輪の花はなくとも、小さないろいろな花を、いくつもいくつも、ずっと咲き続けるようにしようと思っています。」昼食の席で佐竹さんが語っておられたポリシーがこの工場でかたちになっていました。多様なものに挑戦しつづけることで生まれた多様な帯。でもそれは、良いものをずっと作り続けていくという一つの思いから生まれています。