第九章  新作

 震災直後、電話は不通になりましたが、復旧してから、たくさんの友人、知人から、安否の問い合わせや、励ましの電話を頂戴しました。家内の京都芸大時代の同級生で、九州交響楽団のバイオリン奏者として活躍している友人からは「応援できることがあったら、なんでも言ってね」と声を掛けていただき、家内は「音楽をモチーフにしたオリジナル商品を制作しているので買ってね」と答えたら「バイオリンの発表会で生徒さんたちに配る記念品に使えるものがあるかな。予算はひとつ1000円ぐらいなんだけど」という返事で、当時、「丸太やオリジナルコレクションコンサート」の商品で最低価格は3800円でしたから「今は無いけれど、1000円ぐらいの商品を作りますからよろしく」と答えました。
 震災の前年の5月に本藍染の染色家、芳賀信幸さんの個展を開催しました。その年の2月に開催された全日本現代工芸美術展に出かけた折、会場に展示されていた芳賀信幸さんの作品に感銘を受け、是非、弊店で個展を、とお願いしたのです。大作の屏風とかタペストリー、訪問着、の他、ブラウスやTシャツ、スカーフなど、少し軽い作品も制作されていました。芳賀信幸さんだったら本藍染でハンカチを作っていただけないかしら、1000円ぐらいで、と考えました。ご相談すると快く受けてくださいました。
 震災の年の5月、京都岡崎の「ギャラリー大」で「丸太やオリジナルコレクション コンサート In 京都」を開催するに合わせて、芳賀信幸さんに本藍染でタペストリーやのれん、テーブルセンター、Tシャツなどを作って頂きましたが、ハンンカチもその時、作ってくださいました。私は、あらかじめ、ひとつのデザインを芳賀信幸さんにお願いをいたしました。それはヨハン・セバスティアン・バッハの無伴奏チェロ組曲第1番プレリュードの楽譜、バッハの妻、アンナ・マグダレーナ・バッハが手書した自筆譜です。
 私が早稲田大学交響楽団を卒団するに際して、チェロパートの後輩たちが、卒業記念品として、私に、ヨハン・セバスティアン・バッハの無伴奏チェロ組曲、全曲の自筆譜をプレゼントしてくれていました。後輩たちの心のこもった贈り物を、私は後生大事にしていたのですが、震災の、あの壊滅的な惨状、全てが無に帰してしまった、その惨禍のなかから、再び立ち上がろうとする、私にって、全6曲の無伴奏チェロ組曲の第1番、その最初の曲であるプレリュード、それは、まさに「いの一番からの再出発」だったのです。ヨハン・セバスティアン・バッハの壮大な、不朽の傑作、全6曲の無伴奏チェロ組曲はこのプレリュードから始まる。私にとって、震災の惨禍から復興への道を歩みだす、最初の一歩だ。心の中で、このハンカチを「復興へのプレリュード」と名付けました。
 芳賀信幸さんに制作していただいた本藍染のハンカチは大好評で、丁度その頃、京都コンサートホールが完成し、その「こけらおとし」に来日したパリ管弦楽団のメンバー全員に、それぞれの楽器をデザインしたハンカチをプレゼントしたい、と京都の名刹のご住職からご注文をいただきました。本藍染のハンカチは今も「丸太やオリジナルコレクションコンサート」の一番の人気商品です。
「丸太やオリジナルコレクションコンサート」
本藍染ハンカチ 芳賀信幸作