本を読むのは、それなりに根気がいります。弱冠の知識と経験も。そして何より、時間が。しかし、場所はいらない。お金も、そんなにいらない。で、本を読んで得られるものは限りなく大きい。人類の、世界の、歴史の遺産を我がものにすることができる。想像力さえあれば。想像力、という魔法の力で、ほんのひととき、時空を越えて旅に出ませんか。

 筆に随(したが)う、とは上手く言ったもので、筆の趣くまま気の向くままに書いた、という気楽さ、というか気安さが随筆にはあって、ほんのひととき、そういう文章に触れると心が和みます。「つれづれなるままに」というのが真骨頂。本音がさりげなく出て、まるで対面して話を聞かせていただいているようです。それだけに、その人、その心が露になる、という怖さもあります。


『 食通知ったかぶり 』  丸谷才一/文藝春秋
 いっとき、丸谷才一にハマッテいました。該博な知識に裏付けられたユーモアとセンスにあふれた子気味の良い文章。ほとんど快感でした。食通でもなんでもないのに文章をたっぷり味合わせてもらって食べた気になりました。


『 音、沈黙と測りあえるほどに 』  武満徹/新潮社
 正直、武満徹の音楽が私の心に響いたことはありません。それは私の感度が鈍いからでしょう。しかし、その文章からは確かに音楽が聞こえてきました。言葉の尽きるところに音楽は鳴ることを誰よりも良くご存知だったのでしょう。


『 パイプのけむり 』  團伊玖磨/朝日新聞社
 続、続々、又、又々、と、とぼけた冠がついて続刊が出続けた『パイプのけむり』。團伊玖磨さんの書斎にお邪魔して尽きることのない楽しいお話を聞かせていただいているような気分になります。「ぞうさん」「やぎさんの手紙」「花の街」の作曲家の面目躍如。


『 批評草紙 』  吉田秀和/音楽之友社
 吉田秀和の著作を愛読していたのは高校生の頃、クラシック音楽を聞き始め、のめりこんでいった頃です。どう鑑賞し、どう理解したらよいのかを知りたかったのです。しかし、大学生になってオーケストラに入り、チェロを弾くようになって、音楽評論の類をほとんど読まなくなりました。音楽が語るものは音楽でしか語れないからです。