本を読むのは、それなりに根気がいります。弱冠の知識と経験も。そして何より、時間が。しかし、場所はいらない。お金も、そんなにいらない。で、本を読んで得られるものは限りなく大きい。人類の、世界の、歴史の遺産を我がものにすることができる。想像力さえあれば。想像力、という魔法の力で、ほんのひととき、時空を越えて旅に出ませんか。

 気取り屋(関西ではエエカッコシイと呼びます)の私は外国の小説にかぶれていました。遠い異国の地に吹く風を感じていたかったから。現実には不可能なことを小説は代理体験させてくれます。


『 百物語 』  森鴎外/森鴎外作品集/昭和出版社
 森鴎外を初めて読んだのは高校の教科書に載っている『舞姫』でした。擬古文によそよそしい感じを受けました。『ヰタ・セクスアリス』は主題が主題だけに身近に感じたのですが、『雁』の詩情を感じ取るにはまだ早すぎました。数年前、鴎外の作品を読み返して『百物語』が妙に印象に残りました。


『 李 陵 』  中島敦/中島敦全集/筑摩書房
 受験勉強が出来なくて現代国語の勉強にと小説を読み漁りました。中島敦は予備校の級友に薦められて読みました。受験という、一種決戦に臨む心境に一脈通じるのでしょうか。中島敦の珠玉のように固く美しい文章に魅了されました。


『 二十四の瞳 』  壷井栄/旺文社文庫/旺文社
 本を読んで初めて泣いたのは『二十四の瞳』です。四十年後に再読して涙茫々。戦争への憎しみ、怒りは、我が子への母の限りなく深い愛なのです。新婚旅行で小豆島を訪れたとき、初めて来た島とは思えませんでした。親しみと懐かしさ。壷井栄は私の心のふるさとです。


『 技巧的生活 』  吉行淳之介/新潮文庫/新潮社
 ある時期、吉行淳之介の小説を立て続けに読んでいました。ところが、何を読んだか余り記憶にないのです。きっと小説に書かれていたことが当時の私には未経験のことばかりだったのでしょう。目一杯背伸びをするのは青年の特権かも知れません。


『 絵空ごと 』  吉田健一/河出書房新社
 吉田健一の本を読むと時間がゆっくり流れます。ゆったりとした、その時間の流れが心地よい。それは吉田健一その人が、超然と、泰然と、時を過ごしておられたからでしょう。時間という、贅沢なご馳走のお相伴にあずかれます。


『 タルキニアの子馬 』  マルグリト・デュラス/日中路倫郎訳/集英社文庫/集英社
 まるで音楽のような小説。その構成、その展開。『モデラート・カンタービレ』という作品を書いた作者だから、きっといつも心の中に音楽が響いているのでしょう。翻訳でしか読めないから本当の詩情は伝わらないのでしょうが、それでも伝わる何かがあります。


『 ライ麦畑でつかまえて 』  J.D.サリンジャー/野崎孝訳/白水社
 青春の彷徨とは、これ以上でもこれ以下でもない自分自身を探し求める旅。誇大妄想と自己嫌悪の両極を振り子のように振られていた頃、この本に出会いました。いわば「さすらう若人の歌」。自分自身をつかみかねている人間は、他人にすがりつこうとしてすがりつけないことに失意する。自分の心を読み取れない人間に、他人の心はさらに読め取れるはずもないのです。