本を読むのは、それなりに根気がいります。弱冠の知識と経験も。そして何より、時間が。しかし、場所はいらない。お金も、そんなにいらない。で、本を読んで得られるものは限りなく大きい。人類の、世界の、歴史の遺産を我がものにすることができる。想像力さえあれば。想像力、という魔法の力で、ほんのひととき、時空を越えて旅に出ませんか。

 知恵は力です。否、力となる知恵のみ、知恵と呼ぶに値します。古典は知恵の宝庫です。生きる力、考える力、を与えてくれます。学びて時に之れを習う、亦た説(よろこ)ばしからず乎。『論語』が古典を学習することの大切さから説き起こしていることほどに深い真理はありません。


『 論 語 』  吉川幸次郎/中国古典選/朝日新聞社
 言葉は言葉にしか過ぎません。文字は文字にしか過ぎません。なのに、なぜ、言葉が言葉を越えて、文字が文字を離れて、思想を、人格を、そして真理を語るのか。それは、人。遥か悠久の昔、孔子という偉人がこの世におられたから。それを少しは理解させてくださったのは吉川幸次郎の名著のお蔭です。


『 万葉秀歌 』  斎藤茂吉/岩波新書/岩波書店
 「万葉集」は日本で最初に編まれた歌集である、という日本文学史上の意義のみならず、私たち日本人の感性の原点、心のふるさと、です。山紫水明と称えられる穏やかな自然と四季の移ろいに育まれた伸びやかで朗らかな心象風景は今も脈々と私たちに受け継がれています。だからこそ「万葉集」の「秀歌」をいつまでも私たちは愛唱するのです。偉大な歌人、斎藤茂吉にして選ばれた「万葉秀歌」です。


『 枕草子 』  清少納言/日本古典文學大系/岩波書店
 清少納言ほど類まれな感性をもった女性はいまだかつておられないのではないか。閃きに満ち溢れた文章は、書く力もさることながら、感じる力のなせる技でしょう。しかし、いつの時代にも清少納言のように感受性の豊な女性はおられる。そこに「枕草子」の同時代性、千年の時を超えて語りかけるものがあるのでしょう。


『 平家物語 』  日本古典文學大系/岩波書店
 文章を読むとき、知るか知らずか、人は音読しています、心の中で声を出して。読みやすい文章とは声に出して読みやすい文章です。琵琶法師が声を出して語った「平家物語」が八百年も昔の話とは思えないほど読みやすいのはまさにそのことです。と同時に登場する人間が今の私たちとちっとも変わらない。


『 徒然草 』  吉田兼好/日本古典文學大系/岩波書店
 兼好法師が生きたのはまさに激動の時代、貴族社会から武家社会へ、歴史の一大転換期でした。かつてない激動の時代、没落する貴族として、どう生きるか、どう生き延びるか。兼好法師は現実を冷静沈着に見た。現実を直視する強靭な精神、『徒然草』は激動の時代を生き抜く知恵の宝庫です。


『 童子問 』  伊藤仁斎/日本古典文學大系/岩波書店
 丸山真男の『日本政治思想史研究』でその思想の一端にふれ、いたく興味を持ち、その代表的な著作である『童子問』を読んで驚きました。その思想のなんと平易なこと。真理は誰もが理解できての真理なのです。その真理とは、人間にとって、社会にとって、一番大切なものは愛だ、ということです。


『 ヴェニスの商人 』  福田恆存訳/新潮世界文学/新潮社
 劇団「民芸」の神戸公演で『ヴェニスの商人』を見てシェイクスピアの虜になりました。早稲田大学を志望した理由のひとつがそれでした。担任の先生がシェイクスピアの研究者で、授業中、『ハムレット』の一節を朗誦さるのを我を忘れて聞き入りました。バッハの音楽がそうであるように、シェイクスピアの芝居にはすべてが包含されています。