| 日本という国の神話の時代から近代に至るまでの歴史を通観すると、それぞれの時代の社会と、その社会を構成する人間の、ふたつながら、変わるところと変わらないところが顕著に分かれていることに気がつきます。その違いは極めて明らかで、社会と人間の中で、何が変わり、何が変わらないのか、を見究めることは、社会とは何か、人間とは何か、その社会と人間が織り成す歴史とは何か、を考える上で重要な視点となります。 社会と人間の中で何が変わり、何が変わらないのか、という問いかけは、同時に、社会と人間がなぜ変わり、なぜ変わらないのか、という問いかけでもあります。社会も人間もどんどん変わる。それは社会を、人間を変えたい、という社会と人間の中にある意志の結果です。しかし、その社会を、人間を変えたい、という意欲は社会と人間の中に、いつの時代にも変わらずにある。社会と人間の中の変わらないものが社会と人間を変えていくのです。 社会と人間の中で変わらないもの、とは社会と人間に普遍的な本質、根源でしょう。今ここで安直にそれを規定することは出来ませんが、社会にとって、人間にとって、本質的なもの、根源的なものがあることは間違いありません。一方、社会と人間の中で変わるもの、それは歴史的事実の中で特定することは可能です。社会と人間の中の、何が、なぜ、どのように変わるのか、それを歴史的事実の中に跡付けていくこと、それは歴史を考える上で重要なことのひとつです。 たとえば、社会と人間にとって、その存在の、生存の根幹をなす社会体制は、古代社会から現代社会に至るまで大きく変わりました。しかし社会体制そのものの基本的な構造は全く変わらない。それは支配と被支配を基軸とする構造だ、ということです。支配者、とは権力を持つもの。その権力とは、立法、行政、司法、の三権。支配者はその三権を行使するために軍事権と徴税権を持つ。この構造は古代から現代に至るまで全く変わらない。 ではなぜ社会体制の基本的な構造、支配・被支配の権力構造、は変わらないのか。それはいつの時代にあっても社会の構成員、すなわちその時代に生きる人間の生存をより保証するために支配・被支配の権力構造に支えられた安定した社会体制が必要だからです。治安は秩序によってもたらされる。支配者はその時代の社会の構成員の生命、財産を保証するために社会体制を構築し、その体制を維持するために立法権、行政権、司法権を専有し、その三権の行使のために軍事権と徴税権を保有する。一方、被支配者は生命、財産を保証してもらうために納税の義務を始めとする様々な賦課を負う。 支配・被支配を基軸とする社会体制の基本構造は古代から現代に至るまでほとんど変わらない。しかし社会体制それ自体の形態は大きく変わりました。それはなぜか。社会体制が必要とされるのは、その構成員の生存権を保証する為です。それが保証されなくなった時、より生存権が保証されるであろう社会体制がその構成員によって求められるからです。社会体制を変えよう、という変革への期待、努力。その時、歴史が動く。それは「より幸せに生きたい」といういつの時代も変わらない人間の根源的な希求なのです。 |