学生時代、東京と神戸の行き来に夜行の急行列車や長距離バスに乗ったことがありましたが、呉服屋になって商用で東京に行くときは新幹線を利用していました。 昨年春、東京の高橋孝之さんを二度訪ねたときもやはり新幹線で往復しました。神戸空港が開港してこの四月十二日に高橋孝之さんを訪ねたときは初めて飛行機で東京に行きました。 飛び立った神戸空港はとてもコンパクトでまさにローカル空港でしたが降り立った羽田空港は東京国際空港と呼ばれるぐらい巨大でそのスケールの違いにびっくりしました。 羽田から浜松町までモノレールに乗りましたが窓から見える景色は海と川でそれまで東京といえば海も山も見えない街というイメージと異なって新鮮でした。 浜松町で山手線に乗り換え高田馬場へ、昨年は三十年ぶりに降り立った駅にちょっとしたセンチメンタルジャーニーでしたが、今年は高橋孝之さんとの再会に気持ちがはやりました。
 高橋孝之さんとは昨年の五月に「水の紋様 墨流し染 高橋孝之個展」を開催したおり弊店にお越しいただいて以来でしたが昨日の続きのような親しさでお話しが弾みました。 作り手と売り手という立場を超えて通じ合うものがあるからでしょうか。次から次に広げてくださる作品はどれも素晴らしくて「こういうものも作ってみたのですよ」と見せてくださった 墨流し染の着物はこれまでのとはまた趣がまったく異なっていて「墨流し染も進化しています」という高橋さんの言葉どおりです。 昨年お伺いしたおり見せていただいた木目染の着物がとても素敵で今年は弊店のお客様に是非木目染もご覧頂きたくて「自然の紋様 木目染と墨流し染 高橋孝之個展」を開催していただくことになり木目染の工程を拝見させていただきました。
 木目染は高橋孝之さんご自身が「木目摺りです」とおっしゃるように拓本の一種です。拓本は古代中国で土器や石碑などに刻まれた文字や文様を読み取るため土器や石碑に直接紙を押し付けその微細な凹凸を写し取る技法として発明され発達しました。 木目染は木の木目の凹凸を布地に写し取るのですが凹凸の差があまりないので高度な技術が必要です。工房で実際に木目染をなさるところを見せていただきました。 三メートルぐらいの木の板の上に生地を置きバレンで染料を摺り込んでゆくのですがムラの出ないよう撫でるようにバレンを上下左右に動かします。少しずつ色を濃くしながら何度も何度もバレンを動かします。 木の長さはせいぜい四メートルぐらいだそうで十三メートルの着物地を染めるには染まった部分とまだ染めていない部分を何度か継いでいかなければなりませんので継ぎ目が分からないように染めることは至難です。
 昨年、この工房で墨流し染の水の紋様を時を移さず写し取るその瞬間に息をのみましたが、今年、木目染の木の紋様を時をかけて写し取る時間に息をひそめました。 木と水という違いはあれ人間にとってかけがえのない自然、その自然の紋様を人工の極致で写し取る高橋孝之さんを突き動かしているのは自然の紋様の玄妙な美しさではないか。高橋孝之さんの木目染と墨流し染には大いなる自然が宿っているのです。
 五月一八日(木)十九日(金)の二日間、高橋孝之さんが弊店にお越しくださって木目染の実演を見せてくださいます。
是非ご来場ご高覧賜りますようお願い申しあげます。