どちらかというと旅行は、とくに団体旅行は苦手です。まわりに気配りするのが上手く出来なくて疲れてしまうのです。唯、ものづくりの現場を訪ねるために遠くに出かけることは大好きです。その場を訪ねてなるほどと納得するのは謎解きで謎が解ける快感があります。仕事という建前ではありますが仕事を楽しめるとうのは良いものです。
 昨年の2月下旬、着物姿の男女が来店され「有田の倉島泰山窯で修業した伊藤岱玲というものですが、この度独立して神戸で個展をひらくことになりましたのでご挨拶に参りました」とのこと。聞くと京都市立芸術大学で陶芸を勉強され、その後、有田の倉島岱山先生のもとで10年間修業されたそうです。丁度その間、弊店も倉島岱山先生にご縁を頂きその工房「倉島泰山窯」で「丸太やオリジナルコレクションコンサート」のシリーズを制作していただきましたが、伊藤岱玲さん自身、弊店のオリジナル商品の制作に携わっておられたそうです。同伴の女性は奥様で、奥様も京都市立芸術大学で日本画を学ばれたとのこと。呉服屋である弊店に挨拶に伺うのだから、と着物姿でお越しくださったのです。
 ご案内いただいた個展を拝見に北野坂のギャラリーを訪ねました。磁器ならではの透明感、絵付けの初々しさ、清楚な華やぎ、とても気持ちよく見せていただき湯呑みを5客頂戴しました。ほぼそのすぐ後のことですが倉島泰山窯から弊店が特注していた商品は制作点数が余りに少なく採算が合わないので今後は対応できないとの申し出がありました。後継として伊藤岱玲さんのことをお話すると「彼ならきっと良いものを作ってくれるでしょう」と推薦してくださいました。伊藤岱玲さんは「師匠の名を辱めない、師匠を超える作品をめざしてがんばります」と快諾いただきました。
 あれから1年が経ち、いよいよ伊藤岱玲さんが制作してくださる「丸太やオリジナルコレクションコンサート」が誕生します。そのお披露目を兼ねて8月21日(日)より28日(日)まで弊店で「技を継ぐ―伊藤岱玲作陶展」を開催していただくことになり、8月3日、工房のある兵庫県丹波市氷上町を尋ねました。氷上は兵庫県の南北の真ん中あたり、東西では東寄りにあります。震災前に二度、私的に遊びに行ったことがあって達身寺というお寺に安置された多数の素晴らしい仏像に感動したことがありました。氷上へは舞鶴自動車道を北上し春日インターから新設された高速道路に右折するのですが、丹波篠山を超えると山の相貌が急に雄大になり兵庫県の県域がいかに広いかが実感されます。しかし神戸からわずか1時間で伊藤岱玲さんの工房に着きました。
 古民家を購入された念願の自宅兼工房は民家ならではの落ち着いたたたずまいで、すぐ側を加古川の源流が流れています。既に絵付けの済んだバイオリンやピアノの柄の皿や鉢が並べられていて窯で焼かれると透明な白色に変わるのだと思うと期待に胸がふくらみます。伊藤岱玲さんは訥々とこれからどんなふうに弊店のオリジナル商品を作ってゆくのかを語ってくださいました。妥協しないで、他人が決して真似の出来ないものを作る。時間がかかるかもしれない。採算が合わないかもしれない。しかしそうしなければ自分が納得できるものは生まれない。工房は、だから工房はここに定まったのだ。伊藤岱玲さんの作品の生まれいずるところはここをおいて他にはなかった。謎がまた一つ解けました。