「信州上田で良い物を織っておられる方がいらして、 小山憲市さんとおっしゃるんですけれど。是非ご覧になるといいですよ。」 と小千谷の織物作家樋口隆司さんにお聞きしたのが小山憲市さんのお名前を知った最初でした。 樋口さんには、東京中野の呉服店「山田屋」さんや、新潟の名酒「〆張鶴」 を教えていただき、その選択眼の確かさには一目も二目も置いている私は、 機会があれば上田に行って小山さんをお訪ねしたいと思いました。 後日、樋口さんから小山さんが全日本染織新人展で大賞、 文部大臣奨励賞などを受賞された作品の写真が送られてきました。 『雪山華』『光の雫』『琥珀舞う』 と題された作品は繊細でありながら伸びやかでその清新さが印象的でした。 丁度その頃、世界文化社の「きものサロン春号」 に弊店のイベントが掲載され、 偶々信州の織物が特集されていて小山憲市さんも紹介されていました。 住所と電話番号が記載されていたので思い切って電話をおかけしました。 小千谷の樋口隆司さんに紹介していただいたこと、「きものサロン春号」 の特集を見せていただいたことをお話しすると、小山さんも 「きものサロン秋号」で全国個性派呉服店として弊店が紹介されていたこと、 音楽をモチーフにしたオリジナルのきものや帯を制作していることを御存知でした。 「こういう呉服屋さんもあるんだ、と思っていたんです。」 この夏に信州に行く計画があって小山さんをお訪ねできたら、と申し出ると 「是非お越しください。」とおっしゃってくださいました。 その前年、松本で「みさやま紬」を織られる横山俊一郎さんを訪問し、 信州の自然の美しさに心打たれた私はもう一度と思い続けていました。 その夏、清里と松本で「丸太やオリジナルコレクションコンサート」 の販売会を開くことになり、 地図で見ると上田は松本から少し東側にあります。足を延ばせば行ける。 昨年八月、清里、松本での販売会を終えて上田に向かいました。 松本から小一時間、一路東に車を走らせ上田に着いたのは夕方六時過ぎでした。 翌朝、旅館に小山さんが迎えに来てくださいました。 初めてお会いした小山さんは「きものサロン」 に載っていた写真から受ける印象とは少し違って、 精悍で充実した仕事をされておられるのだな、と感じました。 工房は市内中心部から車で十五分程走った郊外で、 菅平(すがだいら)という高原が背後にあります。 応接間でお茶とお菓子を頂きながらお話を聞かせていただきました。 「うちは代々染屋で、父の代から織物を始めました。 私も紬を織っていたのですが御存知のとおりきものは留袖や振袖が中心で、 紬のようなお洒落着、普段着は段々問屋さんからの注文が減ってきてしまって、 きものだけではとても生活ができないものですから、十数年前、 工業用ベルトの織機を入れて、二足わらじで織物業を続けてきました。 ところがベルトの注文もなくなって、 もちろんきものは減り続けていましたから、これはもうとても続けられない、 もう織物業はやめようと決心しました。でも、 ずっと織り続けてきたものですから、やはり心残りで、 最後に自分が本当に織りたいものを織ってやめようと、そう決めました。 で、きものを織ったのですが、 それまでは問屋さんからこういうものを作れ、 という注文で織っていたものですから、本当に好きなように織ってみようと。 それを全日本染織新人展に出品したら京都商工会議所会頭賞を頂いてしまって、 もしかしたら、織物を続けられるかもしれない、とその時思ったのです。 で翌年、もう一度出品したら今度は大賞、文部大臣奨励賞を頂きまして、 不安はあったのですが、 もう一度織り続けられる限り続けてみようと決めました。今、思いなおすと、 あっさりやめてしまったほうが良かったかもしれないですけれど。 でも自分が織ったものを認めて下さる方がいらっしゃる喜んで下さる方がいらしゃる、 と思うと大変ですけれどやはり織り続けて良かったと思います。 問屋さんからの注文が段々なくなってきた頃は苦しかったですね。 で、たまに注文を頂くと、 今まで織ったことのない変わった織物の注文なんです。 織ったことがないから、どう織っていいか判らない。織れません、 と断ってしまうと注文が来ないわけですから何でも受けました。 受けてから、いったいどうやって織ったらいいか研究しました。 今になって、それが本当に勉強になりました。 どんな織物を見ても、どういう糸で、 どう織っているのか判るようになりましたから。それが、 今自分の織物づくりにとても役立っています。」 精悍ではあるけれど穏やかな小山さんから聞かせていただいた復活の物語は、 まるでさよなら満塁ホームランのシーンを見ているようで感動的でした。そう、 これがもう最後だとあきらめざるを得ないような時が人生にはあるものです。 その時、最後の最後まであきらめない、その力はどこにあるのだろう。 「私の織ったものを見てください。」 と広げていただいたきものそれらは色も柄も作為がなくて、 どのきものも素敵でした。「これが全日本染織新人展の作品で」 と見せて下さった『雪山華』『光の雫』『琥珀舞う』 その作品の持つ力に圧倒されました。 最後の最後にあきらめない力そのものだと思いました。 |
小山憲市さんからのメッセージ |
人にはさまざまな表情があり感情があるように、 自然の中にも同じものがあると思います。 春・夏・秋・冬と四季を通じてそこには厳しさ、暖かさ、 弱さ、強さなど生きていくうえで大切なものがたくさんあります。 そしてそれらは全て生きる命の証なのだと思います。 そして、それらを感じ、見つめることは私自身の発見でもあります。 私はそんな大自然をテーマに、 自分の中にある可能性を信じて作品を作っていきたいと考えています。 きものの中には、糸・色・ガラなどそれぞれの役割があり、 ひとつの物語をつくります。 そしてきものは主役である着手の良さを引き出す脇役です。 このたび御縁がありまして神戸「丸太や」様におきまして、 展覧会をさせていただくことになりました。 少しでも多くの方々と作品を通して出会えることを願っています。 |