早春の風はまだまだ冷たいですが、春という言葉を聞くだけで心にホッと温もりを感じます。重いコートを脱いで、軽やかな足取りで出かけたいような気分になりますね。
 この度丸太やでは【京絞り寺田】寺田豊さんの絞り染作品展を開催いたします。絞り染は今でも手仕事が残っています。様々なことが機械化され、自動化されても、絞り染の技法は今も人の手の中にあるのです。絞り染は多数の工程を専門の職人が受け持つ分業制です。一つの着物を作るにも、何人もの職人の間を行き来し、多くの手をかけて作られています。寺田豊さんは、それらの職人を取りまとめる総監督の立場。作るものに応じて職人に指示を出し、着物を完成に導くコンダクターです。
 先日絞り染の仕事の一部を見学させていただきました。絞り染の原理は非常にシンプルです。布を糸で括ったり、挟んだり、強く圧迫することで染料が染みるのを防ぎ、模様を染め分けるのです。原理はとても簡単なのですが、それがとても多彩で高度な技法に発展したのが日本の絞り染。技法ごとに専門の職人がいるのです。
 寺田さんが「途絶えると復活がとても難しい技法」というのが「帽子絞り」という技法。模様の部分を縛り、防染のビニールを帽子のように被せることから帽子絞りという名があります。模様の縁を糸で縛るため、どんな形の模様も輪郭が一直線に揃うよう工夫をするのが重要です。「星のような多角形も、細長い模様も、工夫をすれば直線になります。図形の勉強のようなものですね」と解説してくださる職人さん。どんな無理難題も断ることは無いそう。「手が良いだけでなく、とても研究熱心な方」と寺田さんも全幅の信頼を置いています。五十年以上帽子絞りに携わってきたその手は、強い力を掛けてきたため指の形が変形するほどです。大きな模様を染め分ける桶絞りもされますが、帽子絞りのほうが得意分野だそう。それぞれの技法に難しさがあり、どれかの技法に専念したほうが良い仕事ができるのだそう。絞り染の世界は高度な技術を磨くためにそれぞれ得意な分野に専門化し、分業が進んだのだそうです。
 次に見学したのは染色をする工房。ちょうど大きな釜で染めているところを拝見させていただきました。染める際には染料を調合し、指定の色に染め上げます。この調合は経験と勘。指定の色になるまで、少しずつ染料を加えていく様子は、まるで料理の味付けのようです。
「同じような色でも、注文する人によって好みの色は微妙に違います。この人はこんな色を求めていると、相手のことを考えて色出しします」という職人さん。寺田さんも「繊細な色を染めたらこの方が一番」と太鼓判を押します。職人さんは「寺田さんの仕事はいつも難しい色だから緊張しますけど」と笑っていました。
 絞り染は多色になると一度の染では仕上がりません。絞る職人と染める職人の間を何度も往復することもあるそうです。図案制作、下絵染、仕上げなど、他の様々な工程を経るごとに、それぞれ専門の職人の手に渡ります。それらを取りまとめ、完成まで導くのが寺田さんの仕事。職人それぞれの性格や癖、技法の特徴など、絞り染のことを熟知していなければ務まらない仕事です。寺田さん自身、絞り染の技法を一通り習得されているそう。絞り染は、プロフェッショナルたちの総合芸術なのです。
 今や車も自動で運転できるようになりつつある現代、人の手を必要とするものは、これからさらに少なくなっていくのでしょう。伝統産業である着物も、様々な技術が導入されています。今、改めて人の手で作られるということの意味が問われているのではないでしょうか。寺田さんは自身の作品を「包まれて安心できる着物」にしたいとおっしゃっておられました。手仕事だからこそ味わえる温もり、安らぎ、そういったものが、今必要とされているように思います。
 一月二十六日(金)・二十七日(土)は寺田豊さんも弊店にお越しくださいます。素敵な作品を多数ご用意いたします。ぜひご高覧ください。