「夏も近づく八十八夜」と「茶摘み」の一節で歌われていますが、暦の上では「立夏」が過ぎ、いよいよ夏の気配が近づいてきました。これから季節も少しずつ夏に向かっていくのでしょう。一番気候の良いときであり、着物で出かけるのも楽しい季節です。着物は袷から単に衣替えしていく時期ですが、この頃によくお問い合わせいただくのは、帯はどんなものが良いかということ。帯は着物のように袷用・単用という明確な分別はあまりありませんが、着物が薄く軽くなるのに合わせて帯も軽やかな雰囲気のものをコーディネートしたいですね。こんなとき、弊店ではよく綴の帯をお勧めしています。
 爪掻本綴は、帯の最高峰ともいわれています。緻密な織模様を手作業で織る本綴帯は、着物ファンにとって憧れの帯ともいえるでしょう。実用性が高いのも綴帯の特長です。カジュアルからフォーマルまで幅広く結ぶことができ、型崩れもしにくく結びやすいことも人気です。しかし、手織の本綴帯は生産される数も少なく、中々本物に触れる機会が無いのも事実です。そもそも、「綴」とはいったいどんな帯なのでしょうか。
 桜も見ごろを過ぎた四月の終わり、私たちは爪掻本綴を深く知るべく、服部綴工房・服部秀司さんの工房を訪ねました。服部秀司さんは爪掻本綴専門の帯屋。数ある綴の帯屋の中でも、手織りにこだわった質の高い帯作りと、新しいセンスを取り入れた模様と色彩が特長です。今回は服部綴工房の職人の中でも特に緻密で高度な文様織を得意とされている方の制作現場を拝見させていただきました。
 綴帯は織り方に特徴があります。経糸を非常に強い力で張り、その経糸を包み込むように緯糸を打ち込むことで、しなやかでコシのある帯になるのです。仕立てる際には帯芯を必要とせず、綴の生地のみで結ぶことのできる数少ない帯でもあります。模様の織り方も独特です。綴の帯は経糸が見えることはありません。文様は緯糸のみで表現されるのです。色の数だけ糸が必要で、文様の部分にのみ織り込んでいきます。細かな部分は櫛のように切れ込みを入れた指の爪で掻くように織ります。このことから「爪掻本綴」の名で呼ばれるのです。

丸太やオリジナルピアノの鍵盤の帯。お客様のオリジナル帯別誂えも承ります。この機会に是非ご相談ください。
 見学させていただいたのは、ちょうど唐子人形文様を織っているところでした。爪掻本綴帯には、機械で織るもののような精密な設計図はありません。図案は紙に描かれた絵です。職人は絵を見ながらフリーハンドで織るのです。「同じ図案を基にしても、織り手が違うと出来上がりも変わります」と服部さん。綴は織る人の技術や感性に拠るところが大きく、そのためか職人の方も自分が手がけた帯にはとても愛着を抱いています。今回作業を拝見させていただいた方も、これまで織った帯を一つ一つ写真に残していて、「これはすごくやりがいがあった」「この柄は本当に難しかったね(笑)」と、懐かしそうにお話しくださいました。
 服部さんは、何よりも結び心地を味わってほしいといいます。機械には真似できない、やわらかさとコシを併せ持った風合い、体にぴたりと添う結びやすさが、服部綴工房の帯の一番の良さだというのです。人が身に纏うものこそ、人の手でつくられたものを味わってほしい。手織りの帯は、一本一本に個性があります。文様も、生地の風合いも、その帯固有のものがあるのです。ぜひ、帯一つ一つに触れてみてください。この世にひとつだけの帯と、運命の出会いがあるかもしれません。


 歌舞伎界の方々とも親交の深い服部秀司さんがオススメする通し狂言『鯉つかみ』が大阪松竹座で開催されます。片岡愛之助さんが一人十二役の早替りを演じ、巨大な鯉を相手に大暴れ!ご希望の方はチケットをお手配いたします。ぜひ着物で観劇しましょう♪



ドロップのような小さな四角模様が並ぶお洒落な柄。やさしいベージュの地色は着物の色とも相性がよく、出番が多い帯になりそう。 「越後獅子」は新潟を発祥とする郷土芸能で、獅子頭を被った児童が演じます。鼓を持って踊る愛らしい児童が、緻密な綴織で表現されています。 多色に染め分けた糸で織り上げられた彩り豊かな霞模様。紬などカジュアルな着物に、また色無地などと合わせてお茶席にも。
鷹の爪には厄除けの効果があるといわれています。鮮やかな赤い実に、強い力を感じるのでしょうか。辛い鷹の爪も帯の柄になればお洒落な模様に生まれ変わります。 古来より鈴は、清らかな音によって魔を払い神と繋がる道具として神聖視されてきました。着物や帯の文様としても広く使用されています。 太鼓と前に横段模様を入れたシンプルな帯。色彩と絹の質感が持ち味。本綴帯の結び心地を味わってもらいたいと考案されました。