上田に向って車を走らせながら、見慣れた景色が懐かしくて、この道を走るのは何度目だろう。最初は、震災の翌年の夏でした。松本で「みさやま紬」を創作されている横山俊一郎さんの工房を訪れるために。その次の年の夏、初めて上田の小山憲市さんの工房をお訪ねするために再びこの道を走りました。それから毎年のように小山憲市さんにお会いするためにこの道を走って信州に行くようになりました。 小山憲市さんに面会するために上田に行こうと思ったのは小千谷縮の樋口隆司さんから「良い織物を創っておられます」とお聞きしたからです。1997年2月のことでした。丁度その直後発刊された「家庭画報特選 きものサロン '97春号」の「信濃路・春の旅―信州の染めと織り」という特集で小山憲市さんが紹介されていて住所と電話番号が記載されていたので思わずお電話を差し上げました。すると小山憲市さんも前年秋に発表された「家庭画報特選 きものサロン '96秋号」の「全国個性派呉服店」という特集で紹介された弊店の記事を読んでおられて「こんな呉服屋さんもあるのだと思っていました」とおっしゃってくださったのです。一度工房をお訪ねしたいと申し上げると「ぜひお越し下さい」とお受け下さいました。 ![]() ![]() それから「海野宿」という江戸時代の宿場跡を見学させて下さったのですが「北国街道」沿いに栄えた街並みは明治時代になって養蚕場に変わった後も繁栄し、今も当時の面影が色濃く残っています。江戸時代さながらの街並みは時代劇の撮影にも活用されるそうで、テーマパークの書き割りと一味も二味も違う本物の迫真性があります。200年の歳月を超えて受け継がれた街並みから上田の人々の郷土愛が伝わってきました。 その後、小山憲市さんの工房に戻って新作の数々を拝見させていただきました。小山憲市さんの意欲溢れる作品を見せていただくことが何にも増して工房をお訪ねする目的なのですが、尚且つその目的はいつも十二分に達成されるのですが、今回の新作は、どれもどれも、これまで以上に小山憲市さんの創作力の充実を物語っていました。
翌日は一日ゆっくり観光をと昼から宿舎を出て先ず奈良時代の史跡である「国分寺跡」に行きました。国土の安寧を祈念して全国各地に建てられた国分寺が上田に在ったのです。当時にあって上田が地域の中心地であったことの証です。それから上田市を見下ろす千曲ビューラインという清々しい道を車で走って「芸術むら公園」に行きました。林や池や野原一帯が公園になっていて真ん中に美術館があります。喉が渇いていたのでロビーの喫茶スペースで巨峰ぶどうジュースを飲みながら大きなガラス窓に広がる浅間山のなだらかな稜線に見惚れました。「梅野記念絵画館」は美術収集家の梅野隆さんお所蔵作品が常設されていて明治大正昭和の日本の画家の作品がゆっくり鑑賞できました。 ![]() ![]() 上田の駅前で昼食をとり近くに在る「常田館」を見学しました。明治以後、養蚕が国策として殖産事業の中核であった時代を偲ばせる養蚕場の資料館で、展示されていた「富国は養蚕に在り」という伊藤博文自筆の額に圧倒されました。まるで城郭のような巨大な繭蔵は盛時を雄弁に今に伝えています。今回は二泊三日の旅行でしたのでゆっくり上田を観光することができましたが、史跡、自然、何もかもが美しく爽やかで豊かで、小山憲市さんの創作の水脈が上田の歴史風土にあることに気付かされました。
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