十月五日、京絞り染の寺田豊さんが京都の工房で企画展をなさるとのご案内をいただき、拝見させていただきました。企画展のテーマは『古事記』。日本の神話、民話の原点である古事記の世界を辿るため、古事記に縁のある淡路島を旅し、日本人を育んできた風土、日本人が育んできた心を現代のものづくりに映す。そのようにして新たに生み出された絞り染の作品が並んでいました。
 絞り染という技法は染織技法の中でも古くから伝わる技法の一つです。生地を糸で括るなどして圧迫し、染料の進入を防いで染め分ける技法です。絞り染も長い伝統の中で精緻さを追求されてきましたが、技法の特徴のゆえに完全に人の手で支配することはできません。圧力の微妙な違いが色に変化を与え、輪郭をあまくぼかします。しかしそれこそが絞り染の一番の魅力です。人のちからの及びきらぬもの、自然の不可思議な魔法。思えば古事記の世界も、そういう人知を越えた不可思議なものに神秘を感じた世界ではないでしょうか。
 何故寺田さんは古事記から現代のものづくりを考えられるのでしょう。それは、古事記の中に現代まで続く日本の源流があるからです。寺田さんの生み出すものは、日本人が心の奥深くで感じているもの、日本の原点を辿り、私たちの内側から引き出されたものなのです。寺田さんの染める色は、たとえ淡い色であっても、浅くはないのです。それは心の奥で求めていた、淡くとも、深い想いの色なのです。
三木 弦