去る二月二十九日、金沢へ参りました。友禅染をされている四ツ井健さんの工房を見学させていただくためです。北陸のほうはかなりの雪と聞いていましたが、お伺いしたときはちょうど雪も収まり、足元の不安もなく向かうことができました。
 工房では四ツ井健さんと奥様がお迎えくださり、色々とお話を聞かせていただきました。四ツ井さんは、自分がいいと思うもの、つくりたいと思うものに、真摯に向き合ってこられました。現在のものづくりにたどり着くまでには、様々な葛藤、試行錯誤があったそうです。「自分はこのままでいいのだろうか」「本当に着てみたいと思われるものをつくっているのか」そういう自問自答を経て生み出される品々は、細部にまで四ツ井さんの意思が満ちています。
 友禅染は、分業で制作されることが多いのですが、四ツ井さんはほとんどの工程をご自分の手で行われます。「自分がつくるものは、自分で責任を持ってやりたい」との思いからです。例えば友禅染の特徴である糸目の糊も、ご自分で作っておられます。糊も色々なものを試し、そして最終的に、納得のいくものは自分で作るという結論に達したのだそうです。工房にお伺いしたときも、ちょうど糊を蒸しておられるところでした。生地に柄を描き色を染める、その前から、すでにものづくりはスタートしているのです。染料や生地にもこだわりがあります。着物は美しいだけではなく、衣装としての耐久性も必要との思いから、退色しにくい染料を使い、糸質の良い生地を選びます。
 磐石な仕事の土台があるから、そこに自由な世界が広がります。人は大地があるから立てるように、豊かな土壌に美しい緑が萌えるように。一つ一つ丁寧に積み重ねられた工程から生まれるものほど、技術的な難しさを感じさせず、朗らかで伸びやかな印象を与えてくれます。瑞々しい花のひとひら、なびく草木に感じる風の匂い、さえずりが聞こえてきそうな小鳥たち・・・生きたひとの手から生まれるものは、生きたひとの想いから生まれるものは、命あるものとなって私たちの手元に届くのです。
( 三木 弦 )