二年前、「創作織 残糸の大島紬」と題して関健二郎さんの個展をさせていただきました。その個展の取材に、鹿児島にある関さんの工房をお訪ねした際、関さんの大島紬に使われる糸を見せていただきました。それは泥染めを重ねて柔らかくこなされた、むっくりとした糸でした。手に持った糸が、まるで手を包んでいるかのような感覚。「これが本物の絹の感触なんだ」と、感動を覚えました。
 そのころの僕はまだ着物もほとんど持っていなかったので、関さんの生地を見ながら、「僕も関さんの着物が欲しい」と思っていたのです。母も関さんの着物を愛用していて、「関さんの着物の良さは着たときに一番よく分かる」と言っていました。そして、その個展の最終日、僕も着物を一つ作らせていただいたのです。
 僕の着物は「残糸の大島紬」です。大島紬は精緻な絣模様がひとつの特徴ですが、織進む途中で糸が切れたときのために余分に糸を作ります。たいがいは無事に織りあがって、その糸が残ってしまうのですが、それを活かせないかという発想から生まれたのが、残糸の大島紬です。精緻な絣模様を作るという目的から開放された糸は、着物の中にのびのびとした広がりを見せます。そして、模様にとらわれがちな大島紬の、身体を包む「衣」としての特質を見せてくれるのです。関さんの大島紬は、まさに身体全体を絹に包まれるような印象です。泥染めされた柔らかい糸の風合いがそのまま布になったようです。衣服の最も大切な要素は、やはり「着心地」です。大島紬について語られるとき、どんなに細かい絣模様で、その絣を合わせることがいかに大変か、と言った絣模様ばかりが取り上げられ、意外にも「着心地」についてあまり語られていません。しかし、大島紬が最初に人々に愛されるようになった理由は「着心地」だっただろうと僕は思います。あの柔らかくこなされた絹の感触が、何より大島紬の魅力だったはずです。それを関さんはもう一度私たちに感じさせてくださるのです。
 残糸の大島紬の他にも、関さんは個性的な着物をたくさん作られています。モダンな絣模様の大島紬や、真綿紬糸を織り込んだ、新しい感触のもの、そして僕が特にオススメしたいのが無地です。余分なものを一切排し、経糸と緯糸の重なりだけで深い陰影を備えた無地は、素材の良さと織の確かな技術が最高に発揮されています。僕もいつか袖を通してみたいと思わずにはいられません。
 皆様にも是非、関健二郎さんの「衣」をお手に取って、袖を通して、感じていただきたいと思います。
三木 弦