昨年の十二月七日、朝早くの電車に乗り、僕は京都へ向かいました。帯のメーカー、佐竹孝機業店の元で研修を受けるためです。JR京都に着くと、今回の研修のお世話をしてくださる佐竹美都子さんが迎えに来てくださいました。工場は石川県の山中温泉のそばにあるので、京都からは美都子さんの車で工場へ向かいました。高速を走っていくと、少しずつ景色が変わっていきます。空も雲が多くなります。冬の日本海側は曇り空のことが多いそうです。石川県に着き、高速を降りると、美都子さんは「海を見てみませんか?」と言って、まず海岸へ連れて行ってくださいました。冷たい強風、白波を立てて打ち寄せる波、間近で見る日本海は、神戸では感じることのない自然の力を感じさせてくれました。
 工場に着くと、工場の方々が出迎えてくださいました。佐竹孝機業店ではジャカード織機と手機の両方を使って多様な帯をつくっています。僕はまずジャカード織機による機織の手順を教えていただきました。ジャカード織機は動力によって動き、紋紙から読み取った柄を自動で織り出す機械です。手機では難しい、非常に精緻な柄を織ることができます。今回僕は、実際にジャカード織機で布を織ることに挑戦させていただきました。柄はたくさんある中から比較的シンプルなものを選びました。

挑戦!

ジャガード織の説明をしていただく


様々な種類の糸
 まず糸を選びます。複雑な柄では何十種類もの糸を組み合わせて織られるそうです。今回僕が選んだ柄は緯糸を四種類選べます。美都子さんから好きな糸を選んでいいと言っていただき、色々な糸を見せていただきました。多彩な色の絹糸、金糸、銀糸、箔、さらにはモール状の糸や、リボンのように織ってある糸、和紙を使った糸…一口に糸といっても、その種類は多種多様です。「織り上がったときにどうなるか、他の糸との兼ね合いや織り方の特徴を考えて、ベストな糸を選びます。でも一番大事なのは、どんなものを織りたいかのイメージをしっかり持つこと」と、美都子さんは糸選びのポイントを教えてくださいました。さんざん悩んだ結果、緑系統の四色の絹糸を使って織ることに決めました。
 糸を選んだ後、実際にジャカード織機で織ってみます。工場には織機が何台もあり、轟音を立てて稼動しています。織機の扱い方は美都子さんの叔母様に手ほどきしていただきました。選んだ糸をそれぞれ管に巻き取り、緯糸を準備して、織機にセットすれば、織る準備の完了です。ジャカード織機は動力で織るので、スイッチを入れると自動で織り始めます。高速で機械が動き、見る間に柄が織り出されていきます。すると叔母様が途中で機械を止めました。「緯糸がすこし浮いているでしょう。糸の張力のバランスが悪いんです」確かに少しムラがあるように見えます。糸の張力のバランスは素材や織り方など、色々な条件で変わるので、試し織りの際に調整します。高速で動く織機を手際よく操作するのは大変です。特に運転するより、止めるほうが難しく、なかなかタイミングをつかめません。何度か操作させていただきましたが、中途半端なところで止まってしまいました。叔母様は「すぐにできる人はあまりいないですよ」と労ってくださいましたが、美都子さんは一度で止めることができたそうです。さすが…。色々ご指導を頂きながら、小さなテーブルセンターが織りあがりました。
 この工場では、草木染もされていて、主に手機の帯の糸として使っているそうです。今回は漆で糸を染めてみました。山中は漆器の産地でもあり、漆器を作る際に出る漆の木のおが屑を使います。釜でお湯を沸かし、そこに漆のおが屑を入れると、すぐに黄色っぽい色が出ました。十分煮出してろ過すると、染色液の出来上がりです。ここに糸を浸すと、黄みがかった緑色に染まりました。これを乾かした後、手機で織るのに使います。こうして一日目が終わりました。

漆のおが屑

煮出して染液を作る

糸を染める


雄大な姿を見せてくれた白山
 二日目は元工場長の横川さんが、石川県の名産品である牛首紬の工房を案内してくださいました。横川さんは佐竹孝機業店で先代の社長のころから勤めておられ、現在は主に手機で帯をおっておられますが、山中の工場の建設のときは、自らダンプカーで土砂を運んだり、溶接機を使って織機を修理したり、何でも自分の体と知恵を使ってやってこられたそうです。手機も、当時使われずに置いてあったものを、見よう見まねで織り始めたのがきっかけだそうです。この度伺った牛首紬の工房では、繭を手で製糸し、手機で紬の白生地を織っていたのですが、横川さんはこういう現場を見ながら、話を聞きながら、技術を吸収して自分のものづくりに活かしておられました。




 山中の工場に戻ると、染めてあった糸が十分乾いていたので、糸を小さな管に巻き取る作業を行いました。この糸巻き機も横川さんのお手製です。手回しの部分は自転車の部品なんだそうです。翌日に機織ができるよう、何本か緯糸を用意して、その日の研修を終えました。その日美都子さんは、帯の色出しをされていました。全国を回っておられる美都子さんは、各地でお客様から求められているものを感じ取り、工場へ戻ってそれを反映した帯作りをされています。美都子さんが工場の方と、次に織る帯について議論している様子は真剣そのものでした。
 最終日は繭から糸を取り出す製糸を体験しました。佐竹さんのところでは蚕も飼育しており、そこから取れた糸も使っているそうです。冷凍してあった繭はまず釜で煮ます。じっくり煮ていくと、独特の匂いが漂い始めました。繭を十分煮ると、繭から糸が出てきます。これを引っ張って何本か撚り合わせて巻き取ります。一つの繭から取れる糸は非常に細く、目に見えないくらいです。この糸繰り機も横川さんの手作りです。一時間ほどで、ほんの少量ですが生糸を取ることができました。一本の糸を取るのもこれだけ時間がかかる仕事です。僕が取った生糸は記念に頂くことができました。
 最後に手機で布を織らせていただきました。自分で染めた糸を緯糸に使い、一段ずつ織っていきます。僕が染めた糸は絹糸の芯に和紙を巻きつけたもので、独特の味があります。機の周りには色々な種類の糸があります。糸だけでなく、部屋には色々なものが置いてありました。捨てられるところだった木材や、山で拾った鹿の角などを拾っては、奇麗なインテリアを作られていました。古い大福帳を細く切って柿渋で染めたものは簾になっていました。「こういうのをいろいろ置いておくと、面白いアイディアがたくさん浮かぶ」と横川さんは言っていました。こういった日々の生活の中から、独創的な帯が生まれています。「織りながら、こんなことしてみたら面白いんじゃないかと思ったら、自由にやってみたらいい」と横川さんに言っていただき、お言葉に甘えて僕も自由に糸を使って織らせていただきました。
 佐竹孝機業店の方々には、一貫した姿勢があるように感じました。一つは、積極的に学び、吸収しようとする姿勢、次に、自分の感性を大事にし、新たな発見、発想を生み出そうとする姿勢、そして、それを最高のかたちで製品化するプロフェッショナリズム。世界屈指の弦楽四重奏団であるジュリアード弦楽四重奏団は「現代音楽をずっと昔から演奏されてきた曲のように演奏し、古典の作品を昨日作曲されたかのように演奏する」と評されたそうですが、佐竹さんの帯もまた、独創的な帯も奇抜でなく、古典的な帯もどこか新鮮な印象を受けます。それは先達から学んできたことと自らの新しい発想の融合が、高い技術によってかたちにされるからだと思います。

製糸をする横川さん
 そしてもう一つ大事なことは、ものづくりは一人の力でできるのではなく、たくさんの人たちの連携によって成り立つのだということです。ジャカート織機を操作する人、手機で織る人、他にも素材を提供する人、色を染める人、紋図を設計する人等…それぞれがそれぞれに最高の力を出し合って、一つの帯が出来上がります。佐竹さんは全国を巡り、伝統を、新しい出会いを、お客様とのふれあいを糧にして、そこから感じたものを、たくさんの人たちの力を結集してかたちにしていきます。佐竹さんは以前「モノを買ってもらうんじゃなく、モノに込められたヒトの思いを買ってもらいたい」と、ものづくりの信条をおっしゃっておられました。この帯には、これだけたくさんの人たちの思いが込められているのだなと感じました。


 今回出品される帯の一部です。
 ご来店をこころよりお待ちいたしております。
三木 弦