去る一月六日、京都嵐山にある、京友禅染作家・木戸源生さんの工房を訪ねました。紅葉で有名な観光地である嵐山の木々は、すっかり葉を落として、来るべき春を待つばかりといった感じでした。
 阪急嵐山駅から歩いて二十分ほどのところに、木戸さんのアトリエはありました。お伺いすると、木戸さんご本人が出迎えてくださいました。小さなアトリエで、入ってすぐに鮮やかな紫の帯と制作途中の作品が目を引きました。壁には天橋立の大きな絵が掛っていました。これから制作する、京都府から依頼を受けた染額のデザインなのだそうです。
 少しお話をした後、染色作業を見学させていただきました。黒地に蘭の花が描かれた中振袖です。これも注文を受けて制作しているのだそうです。「自分が思い描いたものだけでなく、お客様が求めているものも描けないといけない」と、木戸さんは、別注を受ける心得を話してくださいました。自分の心にあるイメージをかたちあるものに表現するのは、決して簡単なことではありません。それが他の人の心にあるものなら尚更です。
しかし木戸さんは、私たちの心にある漠然としたイメージを、糸目友禅の白く細い線でくっきりとかたちにしてくださいます。なんとなく思っていた景色が、輪郭を与えられ、鮮やかな色彩で彩られていく。別注は、鋭い感受性と、確かな技術がなければできない仕事です。木戸さんが別注を受けるときに見せる自信は、鍛え上げられた感受性と技術に裏打ちされているのだなと感じました。
 工房にはお弟子さんが一人来られていました。原田今日子さんです。木戸さんの工房に来るようになって三年になるそうです。「私にはない感性を持っているんですよ」と木戸さんは紹介してくださいました。
原田さんの作品もいくつか拝見させていただきました。それは、どれも幻想的な雰囲気を持っていました。社長が「アールヌーヴォのようですね」と言うと、原田さんは少し照れるような笑顔を見せてくださいました。「つくり続けるためには、次の世代を育てていかなければならない」と木戸さんは言いつつも、「しかし、私と同じものをつくっても、私は超えられない。私にはない、独自の世界を、切り開いていってほしい」と、思いを語ってくださいました。伝統工芸の技術は、古くから伝え続けられているものですが、しかしそれを駆使して表現するものは、今を生きる人独自の個性なのです。「彼女自身は、まだ気付いていないようですが、本当に独創的でいいものを持っているんですよ」と語る木戸さんの言葉は、未来への希望に満ちていました。
 京友禅染の技法は、古く元禄時代まで遡ります。しかし、伝統工芸とは、博物館に飾られる恐竜の化石ではありません。本当の伝統工芸とは「古くから伝えられ、そして今まさに必要とされているもの」だと私は思います。中でも、特にきものは、私たちが身にまとうファッションであり、私たちの生活の中に生きているものです。木戸さんは「流行は追わない。しかし、今の感性に合うものをつくりたい」と、自身のものづくりに対する理念を語ってくださいました。伝統の最先端を生きる木戸源生さんの世界を、皆様に楽しんでいただきたいと思います。
 今回、原田さんのコーナーも設けます。併せてご覧ください。
三木 弦