去る八月二七日、関絹織物の工房を訪ねました。鹿児島は晴天で、桜島もくっきり見えました。鹿児島市内を走る路面電車に添って車を走らせた先に、関絹織物の工房はありました。工房に着くと、まだ朝一〇時にもなっていないのに機の音が聞こえてきました。それも「ドンッドンッ」というたくましい音です。本当の機織りは、鶴の恩返しの「カラットン、カラットン」のようにたおやかなものではないのだななどと考えていたら、関 健二郎さんが出迎えてくださいました。
 早速工房内を案内していただきました。一階は糸繰り場、二階は機場になっていました。関さんは「触ってみてください」と、白い糸の束を触らせてくれました。糸はスベスベで、握るとキュッキュッという衣擦れのような音がします。いい手触りだなと思いました。しかし関さんは「これは大島の糸の手触りではないんです」と言って、黒い糸の束を触らせてくれました。こちらはしっとりというか、ヌメリのあるような手触りで、握っても音がしません。指が糸の中に沈み込むような感触でした。「これが本当の大島の糸です。大島の糸は、泥の中で何度も揉んでやわらかい糸になります」と関さんは話してくれました。大島紬の特徴の一つは泥染めという染色方ですが、泥染めは色を染めるだけでなく糸自体をやわらかくします。これが大島紬独特の、ヌメリのあるような手触りと光沢を出しているのですが、裏を返せば糸を痛めているということになります。そのため、泥染めに耐えられる上質の糸でなければ大島紬は作れないのだそうです。「うちの生地が一番いいと思って作っている」と、関さんは自信をもって言い切っていました。
 二階では二人の織子さんが機を織っていました。何段か織っては丁寧に絣を合わせていました。「整径したばかりのものがありますので、少し織ってみましょう」と言って、関さん自ら機に座られました。縦糸の張り具合をチェックして、手早く二、三回織ると、縦糸の一本を取って掛けなおしました。「こうやって最初のうちに修正しないと、最後まで上手くいかないのです」そう言って関さんは丁寧に糸を調整していました。

 大島紬のもう一つの特徴は、精緻な絣模様です。縦横の糸一本一本に染め抜かれた絣を合わせ、柄を描く高度な模様です。しかし関さんの創作織は、敢えて絣を合わせないで、思いがけない模様を生み出します。本来別の柄になるはずだった絣が、分解され、組み替えられ、全く違う命を与えられる。それは、人間のコントロールを超えた、神秘的な模様です。この方法が生まれたのは、織子さんに対する配慮からです。絣柄は縦横の細かな柄を精密に合わせるものですが、これは目が良く見えるうちにしか出来ない業です。そのため織子さんは、目が見えにくくなると仕事ができなかったのです。関さんは、長年働いてくれた織子さんが、目が悪くなってもずっと織り続けられるよう、絣を合わさなくても美しい模様となる創作織を考案しました。作る者がずっと作り続けられるようにとの、思いやりの心から生まれた創作織。そして、作り続けられるからこそ、私たちも着続けられる。着続けられるから、また作られる。そうやって、物も思いも循環していくのでしょうか。
三木 弦