服部秀司さんと初めてお会いしたのは、今から5年前の秋のことでした。「抓掻本綴(つめかきほんつづれ)」の織元として、呉服業界に身を置かれている服部秀司さんは、次第に、呉服業界の在り方、とりわけ、流通の現状に、大きな疑問を持たれるようになりました。従来の流通を通じると、お客様がお買い求めになる価格が、生産原価から比べると、極めて高額になってしまうのです。折角、お客様が、商品をお気に入られて、買い求めようとしても、とても購入できない価格になってしまっている。その結果、商品をお買い求めいただけないことが、往々にしてあるのです。
 お気に召した商品を、お客様にお求め頂くためには、何が必要なのか、を真剣に考え続けられた末に、服部秀司さんは、従来の流通に頼らない、独自の販売網を作らなければならない、と考えられました。そのために、全国の呉服店を、隈なく、探し求められたのです。その全国行脚の中で、弊店を訪ねてこられました。しかし、一度目は、私も家内も不在で、故人になられた谷口澄治さんにご挨拶してくださいました。二度目は、水曜日で定休日でした。三度目の正直で、私と家内が、初めてお話しすることが出来たのです。
 服部秀司さんの来店の趣旨に、私も、まったく同感でした。制作者と販売者、という立場こそ違え、意見が一致したのです。それから、同じ考えを持たれる制作者の方々、京絞りの寺田豊さん、墨流し染めの高橋孝之さん、伊勢型小紋の大野信幸さん、本友禅染の木戸源生さんをご紹介頂き、弊店で個展を開催していただきました。服部秀司さんの「抓掻本綴」も、一昨年の1月に、開催していただきました。
 私は、その時、あらためて実感したのは、如何に、お客様が「本物」を求めておられるか、ということでした。「抓掻本綴」の個展の開催をご案内したところ、思いがけず、沢山のお客様に、ご来場を賜り、お買い求めいただきました。「最近、本物の綴れの帯を見ることが出来なくなって、たまに見かけると、とても私には買えそうもないお値段で、こんなお値段で買えるなんて、嬉しいですは」とおっしゃってくださいました。
 さらに、私が、驚いたのは、服部秀司さんが、やはり「抓掻本綴」の制作者として、ご自分の商品を熟知されておられることです。当たり前と言えば当たり前なのですが、そのことが、お客様に、どれほど安心感をお持ちいただけることか、なぜなら、決して安価な商品ではないので、失敗は、お客様にとっても、私どもにとっても、絶対、許されないのです。さらに、私が、驚いたのは、「光悦垣」の柄の高価な帯をお気に入られたお客様に、服部秀司さんが「どのように、帯をお締めになられますか」とお訊ねになり、お客様が手振りでお示しになると、「この帯の腹の柄の付け方が逆ですので、お客様の手に合うようにお作りいたします」と即座におっしゃったのです。お客様が、気持ちよく着物をお召しになることを、何より大切にされておられる服部秀司さんの姿勢に感動いたしました。
 個展の会場で、「源氏香」の帯をお眼に留められたお客様には、お好きな「源氏香」の図案で別織されたり、お仕舞いをされるお客様には、お好みの色で角帯を作ってくださいました。ある方には、家族の一員のように可愛がっておられる文鳥の柄で別織してくださるなど、お客様のお好み、願いを事細やかに叶えて差し上げるのです。つい先日も、私どもの音楽仲間のピアニストが来店され、その時、家内が締めていた鍵盤柄の帯を眼に留められて、「それ、ピアノの鍵盤ですよね。素敵ですね。私も欲しい。」とおっしゃられて、早速、服部秀司さんにお引き合わせして、地色を変えて、別織していただきました。
 1月24日(土)から2月1日(日)までの会期中、服部秀司さんが、連日、会場にお越しくださいます。是非、「抓掻本綴」をご覧頂きますとともに、お好みの帯を別織いたしますので、ご来駕ご高覧の程、心よりお願い申し上げます。