去る、4月1日。京都市下京区新町綾小路下ル「船鉾町家」を訪ねました。「船鉾町家」は、京都の夏を彩る「祇園祭」に繰り出される32基の「山鉾」のひとつ、「船鉾」が保管されている「町家」です。その「船鉾町家」が、「京絞り 寺田」の寺田豊さんの仕事場なのですが、4月1日から、「船鉾町家」を会場に、寺田豊さんが、西陣織の織元で友人である佐竹司吉さんと、「二人展 花祭り」を開催されたのです。会場には、次から次にお客様がお越しになられ、大変な盛況でした。寺田豊さんのお人柄、仕事ぶりが、たくさんの人たちに認められておられる、何よりの証拠に思えました。
 寺田豊さんに出会ったのは、4年前の9月。その1年後の9月に、寺田豊さんの最初の個展、「今ふたたび 京絞り 寺田」を、「丸太や」で開催していただきました。そのまた1年後の9月に、「京絞り 寺田 伝えたい心と技」を連続開催していただきました。寺田豊さんとの出会いを頂くまで、「丸太や」では、17年の間、「絞り染」の展示会を開催していませんでした。出来なかったのです。15年前、それまで取引のあった「絞り染」の専門問屋が廃業されたのです。「後継者」がおられない、というのが理由です。廃業される5年前、「丸太や」で、「手仕事の究み 絞り染」という展示会を開催いたしました。その準備と勉強のために、専門問屋にお世話になって、「絞り染」の製作工程を、実地に見学させていただきました。
 「絞り染」は、基本的に、白生地を糸で括(くく)って、染める技法です。括り方に、色々な手法があって、代表的な手法は、「疋田(ひった)絞り」、「人目絞り」、「帽子絞り」、「桶絞り」、などです。それぞれの手法によって、糸の括り方が異なります。かつて、京都には、「京絞り」の、それぞれの手法に熟練した職人がたくさんおられました。「疋田絞り」は「疋田絞り」専門の職人、「桶絞り」には「桶絞り」専門の職人、という風に。20年前、「絞り染」の展示会を開催するにあたって、京都の各所に、それぞれ専門の「絞り」職人を訪ねて、仕事ぶりを拝見しました。どの仕事も、手仕事の極致。人間の「手」でしか出来ない仕事でした。ということは、「絞り染」の着物の制作費の大半は、人件費です。江戸時代から、「京絞り」は、高級品、贅沢品、の代表でした。江戸時代に何度か発布された奢侈禁止令では、必ずと言ってよいほど、「京絞り」が奢侈品として挙げられていました。
 制作費の大半が人件費である、ということは、安い人件費で「絞り染」を制作すれば、安価に出来る、ということは、「理の当然」です。賢い、というか、はしこい、というか、そういう人がおられたら、安い人件費で「絞り染」を作ろう、と考えられるのは、また、「理の当然」です。で、ある時期、安い人件費を求めて、韓国で「絞り染」の製造が始まりました。日中国交回復後は、さらに安い人件費を求めて、中国、はたまた、ヴェトナム。戦後、高度成長を遂げ、所得倍増になった日本の高い人件費が、韓国、中国、ヴェトナム、に対抗できるわけがありません。「絞り染」の海外での製造、乱造、でたちまち、国内の「絞り染」は激減し、職人は職を失い、産地は疲弊しました。これもまた、「理の当然」です。
 20年前、「絞り染」の専門問屋のお世話で、「絞り染」の各制作工程を見学させていただいた時、既に、国内の産地は「風前の灯」でした。「あと何年、続けられるかね」という嘆息が聞こえてくるようでした。この時期に、「絞り染」を実地見学して良かった、と心底、思いました。きっと、数年後には、見学したくても、出来ないだろう、と。その5年後、お世話になった、当の「絞り染」専門問屋が、「後継者」がいない、ことを理由に廃業されました。無かったのは、「後継者」ではなく、「希望」、だったのでしょう。
 4年前の9月、まさに、忽然と、「京絞り」の寺田豊さんが、「丸太や」に現れたのです。長い歴史を誇る、「京絞り」の製造元。京都市下京区新町綾小路下ルの「船鉾町家」にある「京絞り 寺田」のお店にお伺いし、「京絞り 寺田」が保存している「絞り染」の「裂地見本帳」を見せていただきました。「昔は、これだけ多彩な表現が『絞り染』で出来たのです。これを、どうやったら復元できるか、を職人と膝突き合わせて取り組んでいます。こんな風に復元できたのもあるのです。」と見せていただいた「絞り染」、それは「絞り染」でしか表現できない独自の表現です。その復元された「絞り染」、甦ったまぼろしの「絞り染」に、私が見たのは、「希望」、絶えて久しく見失った、「希望」でした。

 3回目になる寺田豊さんの「京絞り展」、今回は「きょうをはおる」というテーマで開催していただきます。「きょうをはおる」という奇妙なタイトルは、「京を羽織る」、もしくは、「今日を羽織る」、という意味で、「京絞り」で、「今日のファッション」にふさわしい、お洒落な「羽織」や「コート」を提案させていただきたい、という「丸太や」の希望を、寺田豊さんが叶えてくださったのです。ヒントは、3年前、最初に寺田豊さんの個展を開催した折、とあるお客様が、板締め、という技法で絞り染めされた花柄の帯をご覧になられて、その花柄で羽織を創れないか、とご要望されたのです。寺田豊さんは「やりましょう」とおっしゃってくださって、素晴らしくお洒落な長羽織を制作してくださいました。ご注文されたお客様は、出来映えに大変ご満足されました。寺田豊さんには、これまでに、訪問着、付下げ、染帯、など、何人ものお客様から別染のご注文を頂戴し、その都度、大変喜んでいただきました。このたびの、「きょうをはおる 寺田豊 京絞り展」の会期中、連日、寺田豊さんは会場にお越しくださいます。是非、お客様のお好みで、お客様だけの「京絞り染」を、寺田豊さんとご相談されてはいかがでしょうか。間違いなく、素晴らしい「京絞り染」が出来上がることでしょう。
今回、寺田さんがご提案くださったリバーシブルコート。絞りを活かした衿を立てたり返したりで4通りの表情を楽しめます。着物の上だけでなく洋服の上にも羽織って楽しみたいコートです。衿の絞りの生地をご自身で選んで、あなただけのオリジナルコートにお仕立てします。